ある人から、認知言語学ってなに?と訊かれた。てっとりばやくわかるように、オムライスを使って説明せよとのこと。そこでさっそくやってみることにした。 Aさんがレストランに行ってオムライスを注文したとしよう。ところが、運ばれてきたオムライスにはケチャップがかかっていなかった。Aさんは、ケチャップがかかっていないオムライスはオムライスとして認めない人だ。カンカンに怒ったAさんはウェイトレスを呼びつけて、「こんなものはオムライスじゃない。ケチャップがかかっていないオムライスはオムライスとは呼べません!」と怒鳴りつけた。しかしウェイトレスは涼しい顔で、「でもこれはケチャップがかかっていないだけで、ちゃんとしたオムライスですよ」 そこでAさんは、オムライスを返品して別のものを注文したかというとそうでもなく、ウェイトレスがケチャップを持ってきてかけてくれて事なきをえた。 人によってもどっからどこまでをオムライスと認めるかは多少ばらつきがある。これは、もともと客観的なオムライスという決まった枠組みがあるわけではなく、オムライスとはこういうものというイメージが人々の頭の中にあるにすぎないからだ。かりに、もっともオムライスらしいとすべての人が認めるオムライスがあったとしよう。ケチャップで味をつけたチキンライスをオムレツのようなもので包んで、上にケチャップがかかったやつ・・・・・・。こうしたものをもっとも典型的なオムライス、つまりプロトタイプなオムライスとして位置づけることができる。このプロトタイプなものとそうでないものとは、実際にははっきりと区別されるわけではなく、なんとなく徐々にそうでないものへと近づいていくにすぎないのだ<プロトタイプ理論>。 ところで、Aさんは皿の上にのっているオムライスをじっくり眺めた。オムライスがいまにも皿の上からはみ出しそうになっている。なんだかこれじゃ食べにくそうなので、Aさんはまたもやウェイトレスを呼びつけた。「皿が小さすぎて食べにくいじゃないか!」 しかしウェイトレスは涼しい顔で、「いえ、皿は普通ですが、オムライスが大きいだけです」 では、オムライスがのっている皿が小さすぎるのか、はたまた皿の上にのっているオムライスが大きすぎるのか。オムライスの大きさと皿の大きさを比べようとすると、どっちを基準にするかで形容のしかたも違ってくる。Aさんはオムライスを基準にして考えたわけで、オムライスを参照点として比較し、皿の大きさについて「小さい」と言ったにすぎない。しかし一方、ウェイトレスは皿を参照点として比較して、オムライスが「大きい」と言ったのだ。参照点をどこにおくかは、このようにある程度本人の主観にまかされていることになる<参照点と主観>。なんだかんだいっても、どっちが大きいとか小さいとか形容することができるのは、もともと人が物の大きさを比べる能力を持っているからだ<比較と認知能力>。 ふつう 「オムライスが皿の上にのっている」とはいうが、「皿がオムライスの下にある」とはいわない。不思議なことに、どちらの表現も実際にはオムライスと皿の上下関係は同じだ。そう考えると、なんだかオムライスばかりを主語にするのは不公平な気がしてきた。いっそオムライスと皿の両方を同時に主語にして、どっちが上でどっちが下か説明できしてみたらどうだろう。ふーむ。言葉というのはそういう点やっかいで、それはちょいとできない相談だ。というわけで、人は自分の都合や興味によって、二つのうちのどちらかを基準として位置を比べていることになる。「オムライスが皿の上にある」という文では、「皿」をランドマーク、「オムライス」をトラジェクターとして位置関係をつかんでいるのだ。この二つのうちどちらをランドマークにするかは、どこに視点をおくかにも関わりがある<空間認知と視点>。 |
それにしても、オムライスがのっかっている皿は平たい円形をしていて、オムライスを盛る以外にも使い道がありそうだ。目玉焼きを盛ってもいいし、ハンバーグを盛ってもいい。けれども、皿の上に本を乗せたりパンツを乗せたりする人はいないだろう。皿はもともと食べ物を盛る目的で作られているからだ。皿という物体は、「食物を盛ることができる」という性質を持ったもの、つまり食物を盛るための機能をアフォードしているものとみなすことができる<アフォーダンス理論>。 |
さて、ウェイトレスは「じゃあ、オムライスを小さいものに取りかえましょう」と言いだした。これを聞いたAさんは大慌て。「だって、取り替えたって値段が安くなるわけじゃないんだろう?」 同じ値段でオムライスが小さくなったら損だ。オムライスの大きさが普通だと思えば、皿が小さすぎることになるし、皿の大きさが普通だと思えばオムライスが大きすぎるということになる。やっぱり皿が小さいんじゃないか。結局、すったもんだの末に皿を大きいものに取りかえてもらって一件落着した。(つづく) |