2025-12-02 · モンゴル語文字の話

概要
モンゴル語のキリル文字化は、1941年にモンゴル人民共和国(外モンゴル)が伝統モンゴル文字を廃止し、ロシア語のキリル文字を基盤とした新文字体系を公式採用した言語政策である。この政策は、ソ連の強い影響下で実施され、識字率向上・近代化推進・ソ連との文化的統合を目的としていた。キリル文字モンゴル語はロシア語のキリル文字33文字に、モンゴル語固有の音を表すための2文字(Ө/ө、Ү/ү)を加えた35文字体系である。1946年以降、教育・行政・出版のすべてがキリル文字に切り替えられ、伝統モンゴル文字は公式使用から排除された。
キリル文字化の最大の歴史的意義は、800年にわたり使用されてきた伝統モンゴル文字との断絶である。伝統文字は13世紀から連綿と使用され、モンゴル帝国・元朝・北元・清朝を通じてモンゴル人のアイデンティティの核心であった。しかしソ連の言語政策は、1920年代のラテン文字化実験(1930-1941年)を経て、最終的にキリル文字への全面移行を強制した。この転換により、モンゴル国民の大多数は伝統文字を読めなくなり、古典文献へのアクセスが遮断された。一方で、キリル文字は識字率を劇的に向上させ(1940年代:約20% → 1980年代:97%)、近代教育の普及と科学技術の導入を可能にした。
現代において、キリル文字化は「文化的断絶による近代化」の典型例として評価される。1990年代のソ連崩壊後、モンゴル国では伝統文字復興運動が活発化し、2020年には2025年までの公式復帰を目指す政策が発表された。しかし80年間キリル文字で教育を受けた世代にとって、伝統文字は「読めない文字」であり、復興の困難さが浮き彫りとなっている。中国内モンゴル自治区では伝統文字が維持されたため、現代モンゴル語は「キリル文字モンゴル語」(モンゴル国・ロシア)と「伝統文字モンゴル語」(中国)に分断されている。
基本情報:
- 正式名称: モンゴル語キリル文字(Кирилл үсэг / Kirill üseg)
- 採用年: 1941年(公式決定)、1946年(全面実施)
- 実施地域: モンゴル人民共和国(現モンゴル国)、ソ連領モンゴル系諸民族
- 字母数: 35文字(ロシア語33文字 + Өө、Үү)
- 目的: 識字率向上、ソ連との文化統合、近代化推進
- 前史: ラテン文字化実験(1930-1941年)
- 現代使用: モンゴル国(公式)、ロシア連邦ブリヤート共和国・カルムイク共和国(公式)
歴史的背景:ソ連の民族言語政策
ロシア帝国期の言語状況(~1917年)
帝政ロシアにおいて、モンゴル系諸民族(ブリヤート・カルムイク・トゥヴァなど)は、伝統的なウイグル式モンゴル文字またはトド文字(オイラト)を使用していた。ロシア政府は、正教会を通じた同化政策を推進したが、モンゴル文字の使用を全面的に禁止することはなかった。
しかし識字率は極めて低く(推定10%以下)、教育はチベット仏教寺院(ダツァン)に依存していた。文字教育は僧侶階級の特権であり、一般民衆は文盲であった。
ソ連の民族政策と「民族文字」政策(1917-1929年)
1917年のロシア革命後、ソビエト政権は「民族自決」のスローガンの下、各民族の言語・文化を尊重する政策を採用した。レーニンは「少数民族の言語を抑圧してはならない」と宣言し、各民族の「民族文字」による教育を奨励した。
初期の方針(1920年代):
- 各民族の伝統文字を尊重
- 識字率向上のための民族語教育推進
- ロシア語の強制禁止
しかしこの方針は、1928年のスターリン独裁確立とともに転換した。スターリンは、伝統文字を「封建的」「宗教的」と見なし、「近代的」「科学的」な新文字への転換を推進した。
ラテン文字化運動(1929-1941年)
「新トルコ文字」とヤナリフ
1920年代後半、ソ連は中央アジア・カフカスのテュルク系諸民族に対し、アラビア文字からラテン文字への転換を強制した。この政策は「ヤナリフ」(Yañalif / 新文字)運動と呼ばれ、1928年にトルコ共和国がアラビア文字からラテン文字に転換したことに触発されたものであった。
ラテン文字化の理論的根拠:
- アラビア文字・モンゴル文字は「封建的」「宗教的」
- ラテン文字は「国際的」「科学的」「進歩的」
- ラテン文字はタイプライター・印刷機に適合
- 将来的な「世界革命」後の国際共通文字
モンゴル語ラテン文字化の試み(1930-1931年)
1930年、モンゴル人民共和国政府は、ソ連の圧力の下、ラテン文字への転換を決定した。言語学者による委員会が組織され、モンゴル語のラテン文字正書法が策定された。
モンゴル語ラテン文字の特徴:
- 基本ラテン文字26文字に補助記号を付加
- 長母音は文字の重複で表記(aa, ee, ii, oo, uu, öö, üü)
- 子音は基本的にロシア語式転写に従う
- 縦書きから横書きへの転換
1931年、試験的にラテン文字による教科書が印刷されたが、普及は限定的であった。
ラテン文字化の失敗と中断(1931-1941年)
しかし、ラテン文字化は以下の理由により失敗した。
1. 技術的困難:
- ラテン文字活字の不足(ソ連からの輸入に依存)
- 既存のモンゴル文字印刷設備が使用不能に
- タイプライターの配備不足
2. 社会的抵抗:
- 識字層(僧侶・知識人)の強い反発
- 古典文献へのアクセス喪失への危機感
- 「外来文字」への心理的抵抗
3. 政治的変化:
- 1937-1938年の大粛清によるモンゴル知識人の弾圧
- ソ連のラテン文字政策の転換(1937年以降、キリル文字化へ方針転換)
1937年、スターリンはラテン文字政策を放棄し、ソ連領内の全民族にキリル文字化を強制する方針に転換した。この背景には、ナチス・ドイツの台頭によりラテン文字が「敵性文字」と見なされたこと、ロシア語を介したソ連化を強化する必要性があった。
キリル文字化の実施(1941-1946年)
1941年3月25日:公式決定
1941年3月25日、モンゴル人民共和国人民大会議(国会)は、「モンゴル語キリル文字正書法の採用に関する決議」を採択した。この決議により、モンゴル語は正式にキリル文字で表記されることとなった。
決議の主要内容:
- 伝統モンゴル文字の公式使用禁止
- キリル文字による新正書法の制定
- 5年間の移行期間(1941-1946年)
- 全教科書・公文書のキリル文字化
- 教員・行政官のキリル文字研修
キリル文字モンゴル語の字母体系
キリル文字モンゴル語は、ロシア語のキリル文字33文字に、モンゴル語固有の母音を表す2文字を追加した35文字体系である。
35字母: А а、Б б、В в、Г г、Д д、Е е、Ё ё、Ж ж、З з、И и、Й й、К к、Л л、М м、Н н、О о、Ө ө、П п、Р р、С с、Т т、У у、Ү ү、Ф ф、Х х、Ц ц、Ч ч、Ш ш、Щ щ、Ъ ъ、Ы ы、Ь ь、Э э、Ю ю、Я я
モンゴル語固有文字:
- Ө ө (ö): 前舌円唇母音 [ø]、ドイツ語のöに相当
- Ү ү (ü): 前舌円唇母音 [y]、ドイツ語のüに相当
ロシア語固有文字の使用: 以下の文字は、ロシア語からの借用語にのみ使用される。
- Щ щ (šč): ロシア語の複合子音
- Ъ ъ (硬音記号): 主に文法的要素に使用。固有語では使用頻度が低い
- Ы ы (y): 文法的要素でのみ使用
- Ь ь (軟音記号): 主に文法的要素に使用。固有語では使用頻度が低い
正書法の設計原則
キリル文字モンゴル語の正書法は、以下の原則に基づいて設計された。
1. 音韻的原則: 伝統モンゴル文字の「歴史的正書法」(13世紀の音韻を保存)を廃止し、現代ハルハ方言の実際の発音に基づく「音韻的正書法」を採用。
例:
- 伝統文字: qaɣan (カン、ハーン) → キリル文字: xaan
- 伝統文字: üsüg (文字) → キリル文字: üseg
2. 母音調和の明示: モンゴル語の母音調和(vowel harmony)を、文字レベルで視覚的に明示。
3. ロシア語借用語の統合: ロシア語からの借用語を、原綴りに近い形で表記。
例:
- kooperativ (協同組合、ロシア語: кооператив)
- traktor (トラクター、ロシア語: трактор)
移行期間の混乱(1941-1946年)
1941年の公式決定から1946年の全面実施までの5年間は、移行期間として設定された。しかしこの期間は、第二次世界大戦(モンゴルは1941年ソ連とともに対日参戦準備)と重なり、混乱が生じた。
移行期の問題:
- 教科書の印刷遅延(戦時下の紙不足)
- 教員のキリル文字研修不足
- 伝統文字世代とキリル文字世代の分断
- 行政文書の二重体制(伝統文字とキリル文字の併記)
1946年、戦争終結後、全教科書・公文書がキリル文字に統一され、伝統文字の公式使用は完全に停止した。
キリル文字化の影響
識字率の劇的向上
キリル文字化の最大の成果は、識字率の劇的向上であった。
識字率の推移:
- 1940年:約20%(推定)
- 1950年:約60%
- 1970年:約90%
- 1989年:97.8%(ソ連統計)
この向上は、以下の要因による。
1. 文字学習の容易化: 伝統モンゴル文字は、語頭・語中・語末で字形が変化する連綿体であり、学習に3-5年を要した。キリル文字は、字形変化がなく、6ヶ月~1年で習得可能であった。
2. 義務教育の普及: キリル文字化と並行して、ソ連式の義務教育制度が導入され、全国に学校が建設された。
3. 教科書・読本の大量印刷: キリル文字の活字印刷は、伝統文字の木版印刷・手書き写本よりも安価で迅速であった。
古典文献へのアクセス喪失
一方で、キリル文字化は、モンゴル人を自らの古典文献から切り離した。
失われたアクセス:
- 『モンゴル秘史』(13世紀)
- 『アルタン・トプチ』(黄金史、17世紀)
- チベット仏教経典のモンゴル語訳(17-19世紀)
- 清朝期の公文書・法律文書
1950年代以降に教育を受けた世代(1980年代時点で人口の大多数)は、伝統文字を全く読めなくなった。歴史研究者・言語学者も、古典文献を読むためにはキリル文字翻字版に依存せざるを得なかった。
言語の変容
キリル文字化は、モンゴル語そのものにも変化をもたらした。
1. ロシア語借用語の激増: 社会主義体制の概念語、科学技術用語、行政用語の大半がロシア語から借用された。
例:
- partija (政党、ロシア語: партия)
- kolxoz (コルホーズ、集団農場、ロシア語: колхоз)
- kompьjuter (コンピューター、ロシア語: компьютер)
2. 伝統語彙の衰退: 遊牧文化、仏教、伝統的社会制度に関する語彙が、使用されなくなった。
3. 統語法のロシア語化: ロシア語の統語構造(関係代名詞、複文構造)が、モンゴル語に移入された。
中国内モンゴルとの文字分断
キリル文字化により、モンゴル語は「キリル文字モンゴル語」(モンゴル国)と「伝統文字モンゴル語」(中国内モンゴル自治区)に分断された。
分断の影響:
- 両地域の住民が互いの文字を読めない
- 語彙・正書法の divergence(分岐)
- 文学・学術の交流困難
1949年の中華人民共和国成立後、内モンゴル自治区では伝統文字が維持された。これは、中国政府が「少数民族文字の尊重」政策を採用したためである。しかし皮肉なことに、この政策により、モンゴル民族は文字体系によって分断された。
ソ連領モンゴル系諸民族への波及
ブリヤート・モンゴル
ロシア・シベリアのブリヤート・モンゴル人(現・ブリヤート共和国)は、1939年にキリル文字化された(モンゴル国より2年早い)。
ブリヤート語キリル文字:
- モンゴル国と同じ35文字体系
- ブリヤート方言の音韻的特徴を反映(h音の表記など)
ワギンドラ文字(1905年、アグワン・ドルジェフ創制)は完全に廃止された。
カルムイク・モンゴル
ヴォルガ川流域のカルムイク人(オイラト系)は、1924年までトド文字を使用していたが、1938年にラテン文字化、1939年にキリル文字化された。
カルムイクの悲劇: 1943年、スターリンはカルムイク人全員を「対独協力」の嫌疑で中央アジアへ強制移住させた。カルムイク自治共和国は廃止され、言語・文化は壊滅的打撃を受けた。1957年にフルシチョフによる名誉回復が行われたが、言語の継承は困難となった。
トゥヴァ
トゥヴァ人(サヤン山脈地域)は、1930年にラテン文字化、1943年にキリル文字化された。トゥヴァ語はモンゴル語とは異なるテュルク系言語であるが、ソ連の言語政策の枠組みでは「モンゴル系諸民族」として扱われた。
民主化後の伝統文字復興運動(1990年代~)
ソ連崩壊と文化的再評価(1990-1992年)
1990年、モンゴル人民共和国で民主化革命が成功し、社会主義体制が崩壊した。1992年、新憲法が制定され、国名が「モンゴル国」に変更された。
民主化とともに、ソ連時代に抑圧されていた伝統文化への回帰が始まった。
文化復興の動き:
- チベット仏教の復興
- 伝統的遊牧文化の再評価
- 伝統モンゴル文字の復興運動
1990年代、一部の知識人・政治家が「伝統文字復興」を主張し、学校教育での選択科目化が実現した。しかし、全面的な復興には至らなかった。
2020年:伝統文字復興政策の発表
2020年3月、モンゴル国政府は「2025年までに伝統モンゴル文字を公式文字として復興する」方針を発表した。
復興計画の内容:
- 2025年までに全公文書で伝統文字を併記
- 学校教育で伝統文字を必修科目化
- 身分証明書・パスポートに伝統文字表記追加
- デジタル環境での伝統文字サポート強化
復興の困難
しかし、復興計画は以下の困難に直面している。
1. 教員不足: 80年間キリル文字教育を受けた世代が教員の大多数であり、伝統文字を教えられる教員が極めて少ない。
2. 社会的コスト: 全教科書の書き換え、行政システムの二重化には膨大な予算が必要である。
3. 実用性の疑問: 縦書き伝統文字を、横書きの科学・数学教科書、コンピューター環境にどう統合するかという技術的問題は未解決である。
4. 世代間対立: 若年層は「実用性のないキリル文字で十分」と考え、伝統文字復興に消極的である。
2025年現在、復興計画は遅延しており、全面実施の見通しは不透明である。
言語学的評価
「文化的断絶による近代化」のモデルケース
モンゴル語のキリル文字化は、言語政策研究において「文化的断絶による近代化」の典型例として位置づけられる。
比較事例:
- トルコ共和国のラテン文字化(1928年):成功例
- 中国の簡体字化(1956年):部分的成功
- ベトナムのクオック・グー(ラテン文字)普及(20世紀):成功例
これらの事例に共通するのは、伝統文字との断絶と引き換えに、識字率向上・近代化を達成したことである。
キリル文字の言語学的評価
言語学的には、キリル文字はモンゴル語の表記に適している。
利点:
- 母音・子音の一対一対応(伝統文字のo/u曖昧さがない)
- 横書きによる科学表記への適合
- 活字印刷・タイプライターへの適合
欠点:
- ロシア語固有文字(Ё, Щ, Ъ, Ь)の不要な包含
- 母音調和の視覚的明示性が伝統文字より劣る
現代的意義
デジタル時代の文字選択
21世紀のデジタル環境において、文字選択は新たな意味を持つ。
Unicode対応:
- 伝統モンゴル文字:U+1800-18AF(1999年収録)
- キリル文字モンゴル語:U+0400-04FF(ロシア語ブロック)
技術的には、両文字ともデジタル表示可能である。しかし、縦書き文字のモバイル端末対応、ウェブページレイアウトなど、伝統文字には依然として技術的課題が残る。
モンゴル国のアイデンティティ
キリル文字は、80年間使用されたことで、現代モンゴル人のアイデンティティの一部となっている。2020年代の若年層にとって、キリル文字は「母語の文字」であり、伝統文字は「歴史的遺物」である。
伝統文字復興は、単なる技術的問題ではなく、「モンゴル人とは誰か」というアイデンティティの再定義を迫る政治的・文化的問題である。
関連項目
- 伝統モンゴル文字 – 800年の歴史を持つ縦書き文字
- トド文字 – オイラトの改良文字(1648年)、キリル文字化により消滅
- ワギンドラ文字 – ブリヤートの改良文字(1905年)、キリル文字化により消滅
- ハンギン『現代モンゴル語-英語辞典』 – キリル文字モンゴル語の標準辞典(1986年)
- モンゴル国の言語政策 – 20世紀の変遷
主要研究文献
日本語文献
- 田中克彦『ことばと国家』岩波書店、1981年(ソ連の言語政策を包括的に論じる)
- 小貫雅男『モンゴル現代史』山川出版社、1993年
英語文献
- Poppe, Nicholas. Mongolian Language Handbook. Washington: Center for Applied Linguistics, 1970.
- Bawden, Charles R. The Modern History of Mongolia. London: Kegan Paul, 1968.
- Grenoble, Lenore A. Language Policy in the Soviet Union. Dordrecht: Kluwer, 2003.
- Janhunen, Juha. “The Status of the Written Standard Mongolian.” Acta Orientalia Hungarica 62/2 (2009): 131-139.
ロシア語文献
- Poppe, N. N. Квадратная письменность (Square Script). Moscow-Leningrad, 1941.
- Цэвэл, Я. Монгол хэлний товч тайлбар толь (Concise Explanatory Dictionary of Mongolian). Ulaanbaatar, 1966.
補注
1941年3月25日の歴史的意義
この日は、モンゴル文字史における最大の転換点である。800年間使用された伝統文字が、一つの議会決議により廃止されたことは、言語政策の強権性を象徴する。
ラテン文字化の「幻」
1930年代のラテン文字化実験は、ほとんど資料が残されていない。これは、スターリン時代の大粛清(1937-1938年)により、ラテン文字化推進者の多くが処刑されたためである。ラテン文字教科書の現存数は極めて少なく、貴重な歴史資料である。
内モンゴル自治区の「別の道」
中国内モンゴル自治区が伝統文字を維持したことは、結果的にモンゴル文字の「保存庫」となった。モンゴル国が伝統文字復興を試みる際、内モンゴルの教育システム・印刷技術が参照されている。
最終更新: 2025年12月02日
執筆: Itako (itako999.com)
本記事は itako999.com/linguistics/ の言語学コンテンツの一部です。