🎯 概要
14世紀にイエメンのラスール朝第7代スルタン、アル・アフダル・アル・アッバース(在位1363-1377)が編纂した、アラビア語・ペルシャ語・トルコ語・ギリシャ語・アルメニア語・モンゴル語の6言語対訳語彙集である。6言語すべてがアラビア文字で表記され、約7,300語を収録する。モンゴル帝国が促進したユーラシア規模の多言語辞書編纂運動が、直接支配を受けなかったイエメンにまで到達していたことを示す驚異的な文化遺産である。
📖 詳細
ユーラシア的文脈
語彙配列(天文→地理→人体→動物→数詞)は、元朝の『至元訳語』、中央アジアの『ムカッディマト・アル・アダブ』、黒海の『コデックス・クマニクス』と共通しており、モンゴル帝国の行政文化が生み出した知的様式の収斂を示す。モンゴル語部分にはテュルク語からの借用語(*baldir*「脛」、*qablan*「豹」など)が含まれ、イル・ハン朝でのモンゴル人のテュルク化を言語的に証明する。ギリシャ語部分はアナトリア・キプロス方言の最大規模の転写資料、アルメニア語部分はキリキア・アルメニア方言に基づく中期アルメニア語の貴重な記録である。
研究の歴史
1960年代にマイクロフィルムで西洋学界に紹介され、コロンビア大学・ハンガリー科学アカデミーの国際チームが四半世紀に及ぶ翻訳プロジェクトを展開。主要研究者(リゲティ、ハラシ=クン、シュッツ)の相次ぐ死去を乗り越え、2000年にBrill社から刊行された。
現代での位置づけ
モンゴル帝国が生んだ「基礎情報回路」がユーラシア全域に到達していたことの物証であり、歴史言語学・接触言語学・辞書編纂史・文化史の交差点に位置する稀有な文献である。