🎯 概要

ジャマール・アッディーン・イブン・アル=ムハンナー(Jamāl al-Dīn Ibn al-Muhannā)による『ヒリヤト・アル=インサーン・ワ・ハルバト・アル=リサーン』(Ḥilyat al-insān wa-ḥalbat al-lisān、通称「イブン・ムハンナーの用語集」)は、13世紀後半から14世紀初頭にイラクまたはアゼルバイジャン地方(イル・ハン朝領内)で編纂された多言語学習書。

アラビア語話者が当時の政治的・文化的支配言語であったペルシア語・チュルク語・モンゴル語を習得するための実用的な辞書として書かれており、中世モンゴル語の文法と語彙を体系的に記述した現存する数少ない史料の一つとして言語学的価値が高い。

📖 詳細

構成

  • ペルシア語部(約100ページ): 文法解説と語彙を収録。
  • チュルク語部(約200ページ): 各地のチュルク諸語を網羅した詳細な語彙を収録。
  • モンゴル語部(約60ページ): 語彙リストに加え、動詞の活用・名詞の格変化など文法解説を含む。

モンゴル語研究における意義

  • イル・ハン朝モンゴル語の記録: モンゴル帝国西南部(イル・ハン朝)で実際に話されていたモンゴル語の形態を反映しており、中国側資料(『華夷訳語』など)とは異なる地域変種の実態を伝える。
  • 文法記述の希少性: 単なる単語リストにとどまらず、中世モンゴル語の形態論(動詞活用・名詞格変化)を系統的に記述した現存資料は極めて少なく、本書はその数少ない例外の一つである。
  • アラビア文字表記による音韻情報: モンゴル文字や漢字音訳とは独立したアラビア文字による音写を通じて、当時の母音体系・子音の性質を推定する手がかりとなる。『集史』語彙リストと並ぶイル・ハン朝期のモンゴル語音韻資料として相補的に参照される。

主な校訂本・研究

  • P. Melioransky版(1900年): ロシアの東洋学者による先駆的校訂研究。
  • B. Atalay版(1945年): チュルク語部を中心とした校訂。
  • L. Ligeti による研究: モンゴル語部分の語彙を精査し、語源・音韻を分析。現代のモンゴル語史研究において標準的参照文献となっている。