🎯 概要

モンゴル馬の毛色(モンゴル語:зүс、ズス)は、世界に250種以上存在する馬のなかで最も多様であり、基本色だけで40種以上、細分すると500〜600種に及ぶとされる。

この豊かな色彩語彙は、モンゴル人が馬を乗用・荷役・競走など多目的に活用してきた遊牧文化の歴史的産物であり、言語・信仰・自然観が一体となった体系として現在も維持されている。

📖 詳細

多様な毛色が生まれた背景

野生動物は通常1種類の毛色しか持たない。キツネ・オオカミ・ウサギなどの野生種に見られるように、毛色の多様化は家畜化・多目的利用と密接に連動している。野生馬が草原から捕らえられ、乗馬・荷役・競走など複数の用途に供されるようになると、遺伝的変異が蓄積し、毛色が多様化するとされる。モンゴル馬がこれほど多くの毛色を持つのは、モンゴル人が馬を単一用途に限定せず、あらゆる場面で全面的に活用してきたためである。対照的に、他国では重荷役馬は常に荷を運び、競走馬は競走のみに使うという専業化が進んだため、毛色のバリエーションは2〜3種にとどまることが多い。

毛色の分類体系

モンゴル馬の毛色には大きく分けて2つの命名原理がある。

  • 色彩による命名:黒い馬を「ハル(хар)」、白い馬を「ツァガーン(цагаан)」と呼ぶように、馬の外見的な色をそのまま名称に用いる。
  • 類比による命名:野生動物に似た毛色の馬には、その動物の名を冠する。たとえばゼール(ゼブラ)に似た馬は「ゼールド(зээрд)」、ホラン(モウコノウマ)に似た馬は「フル(хул)」と呼ぶ。

さらに同じ「ヘール(хээр)」系統の栗毛だけでも、「ハル・ヘール(黒栗毛)」「シャル・ヘール(黄栗毛)」「ボル・ヘール(灰栗毛)」などに細分され、基本色40種以上が500〜600の細分類へと展開する。

原初の毛色「ヘール」と命名の由来

モンゴル馬の祖先が持っていた原初の毛色は「ヘール(хээр)」、すなわち栗毛系統とされる。実際の体色は灰褐色(ボル)に近いが、あえて「ヘール(草原)」と呼んだのは、草原から捕獲した馬であることを吉兆として称えた命名であると言語学的研究は示唆している。モンゴルの伝統的世界観では、物事は必ず「祝福する」か「忌避する」かの二面性を持つとされ(アルガ・ビルギーン・ウハーン/арга билгийн ухаан)、馬の命名にもこの思想が色濃く反映されている。

「ボル」——忌避としての命名

白い馬(цагаан)はシャーマニズムにおいて天の乗り物とされ、神聖視された。そのため、白馬をそのまま「白(цагаан)」と呼ぶことが憚られ、代わりに婉曲表現の「ボル(бор)」が用いられるようになった。これは、人が父親の名を直接口にしないのと同じ忌避の論理に基づく。「ボル」は現代モンゴル語でも「ボル・ホノグ(平凡な日々)」「ボル・アムジダル(つつましい暮らし)」などの表現に残り、「ありきたり・穏やか」という語感を帯びている。

方言による毛色呼称の差異

毛色呼称は地域方言によって異なる場合がある。たとえば、ドルノゴビ県やトゥブ県では他地域で「ハル(黒)」と呼ばれる馬を「ノゴーン(緑)」と表現する。これは、馬が汗ばんだ際に逆立てた毛が日光に反射すると鮮やかな緑色の光沢を帯びて見えることに由来するという。この事例は、モンゴルの毛色語彙が単純な色彩分類にとどまらず、光・角度・状態という動的な視点を内包していることを示す。

他言語への影響

モンゴルの馬毛色語彙はアジア各地の言語に広く流入している。中国語には馬(mǎ)・牝馬(gǔ)にあたる語がモンゴル語から借用されたとされ、ロシア語にも複数の毛色名称がモンゴル語を語源とする。カザフ語ではモンゴルの毛色語がそのままの形で用いられる例も多い。これらの言語的痕跡は、モンゴル馬文化がユーラシア全域に与えた影響の大きさを物語っている。

学術的研究

モンゴル馬の毛色語彙は言語学・民俗学・遊牧文化研究の対象として注目されている。ジャーナリスト・詩人のL.ムンフトルは「モンゴル馬の毛色・特徴を表す語の意味論」で博士号を取得しており、本記事の内容はそのインタビュー(gogo.mn、2010年3月17日)に基づく。