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モンゴル料理・食品体系(モンゴル国)

📅 2014.06.14 · 🏷️ モンゴルなんでも事典 ⏱️ 17 min read

食文化の基本構造

寒冷乾燥の草原・山岳環境に適応した「肉+乳+小麦粉」を三本柱とする食体系である。遊牧生活に即した保存技術(乾燥・発酵・燻製)が高度に発達し、特に乳製品加工技術は世界的にも独特な発展を遂げている。

乳製品体系:ツァガーン・イデー(白い食べ物)

モンゴル語で「白い食べ物」を意味し、乳製品全般を指す文化概念である。遊牧民は乳の成分を段階的に分離・加工し、多様な製品を生み出す技術体系を確立している。

家畜別の乳質特性

各家畜の乳は成分比率と用途が異なる(Y.ツェヴェル『モンゴルの白い食べ物』1959)。

家畜濃度脂肪分離量蛋白質糖分水分茶への適性特徴
最濃厚最良発泡性良好
山羊濃厚鋭い風味
ヤク濃厚最多高脂肪・鋭い風味
中濃度バランス型
稀薄中多不良アイラグ専用
ラクダ濃厚極少最良茶に最適

医療的効能:羊・山羊の生乳は解毒作用が最も強い。ラクダ乳は湿疹・呼吸器疾患に有効。馬乳酒は栄養・ミネラルに富む。


乳の加工技術体系

第一段階:クリーム分離(өрөм байлгах)

基本技法:沸騰直前まで加熱した乳を浅い容器に分注し、冷却してクリーム層を形成させる。

容器別収量:小容器に分散させるほど収量が増加する。再加熱すると更にクリーム層が厚くなる。

温度管理

  • 過熱:クリームが溶解し分離不能
  • 過冷:クリームが固化し分離不能
  • 最適:微温状態で一昼夜静置

クリーム製品群

製品名製法用途保存性
ウルム/オロム (öröm)生クリーム層そのまま食用・茶に溶解短期
乾燥オロムオロムを薄く延ばして乾燥儀礼菓子・贈答品長期
ウル・ボブ (ul boov)オロムに穀物・果実を挟み層状成形ツァガーンサル供饌中期

第二段階:バター抽出

抽出法

  1. 攪拌法:乳・アイラグを専用容器で攪拌し、脂肪を凝集させる
  2. 煮沸法:収集したオロムを煮沸して脂肪を分離する

シャル・トス (shar tos):澄ましバター(ギー相当)

原料別香り風味特性
羊・山羊(ボグ・マル)淡黄最良最高品質
牛・ヤク濃厚
ヤク単独極強濃黄高脂肪
ラクダ清澄
アイラグ由来褐色独特発酵風味

医療的価値:数年熟成したシャル・トスは外用薬として重視される。凍傷・皮膚疾患の治療に用いる。

ツォヴ(残留固形分):シャル・トス抽出後の残渣。穀物粉・ジムスギー・アールール粉を混ぜて「ツァガーン・トス(白いバター)」として消費する。肉食の毒を中和する効能があるとされる。

第三段階:発酵乳製品

タラグ(tараг):発酵乳

製法

  1. 脱脂後の微温乳に発酵種(前日のタラグ/ホールモグ/アールール粉)を混入
  2. 容器に密封し2-4時間静置
  3. 固化後、表面を平滑化して完成

種の量と品質の関係

  • 種が多い→強酸性・品質低下
  • 種が少ない→発酵不全
  • 種が強酸性→少量で可
  • 温度管理:過熱で凝固異常、過冷で発酵不全

家畜別特性

  • 羊タラグ:最も酸味が強く風味良好。食味最良だが効能は中程度
  • 牛タラグ:中程度の酸味。最も整腸効果が高い
  • 山羊タラグ:牛に近い。湿疹・皮膚疾患に有効

医療効能:肉食の毒素中和、湿疹治療、肺疾患・喘息改善。新鮮なものほど効能が高い。

ホールモグ(hoormog)

タラグを乳で希釈し発酵を進めた飲料。一部地域では「タラギーン・ホールモグ」と呼ぶ。

ウンダー(undaa)

牛乳タラグを乳で希釈し日光下で温め、発酵・発泡させた飲料。湿疹・肺疾患・喘息に極めて有効とされる。消化効能が最も高い。

アイラグ(airag)

牛・羊・山羊のタラグ/ホールモグを大型容器(ホホール/トルフ)に貯蔵し、発酵種を加えた乳で希釈・攪拌を繰り返して発酵を進めた飲料。

  • 牛アイラグ(ükhrii airag):牛タラグ由来
  • 羊アイラグ(khonii airag / baga maliin airag):羊・山羊タラグ由来

馬乳酒・駱駝乳酒

  • 馬乳酒(güünii airag):馬乳は自然発酵しないため、強酸性の発酵種で強制発酵させる。肺疾患・肉食毒素の中和に最も有効。
  • 駱駝乳酒(ingenii airag):駱駝乳を同様に発酵。強い風味で効能良好。

文化的地位:馬乳酒は「白い食べ物」の中で最も尊貴な食品とされ、祝祭・宗教儀礼・公的行事で必ず供される。UNESCO無形文化遺産登録。

第四段階:乾燥乳製品

エーズギー(ээзгий)

製法:発酵乳(タラグ/ホールモグ)を煮詰めて黄色水分(шар сүү)を除去するまで攪拌し、平板に延ばして日光乾燥。

種類

  • 羊エーズギー:風味最良
  • 牛エーズギー:羊に劣る
  • 混合エーズギー:一般的

用途:そのまま食用、またはオロム・トス・ツォヴの混合材料として消費。単独での多量摂取は消化に負担。

ビャスラグ(бяслаг):発酵乳圧搾品

製法

  1. 乳を発酵させて固形分(ээдэм)を生成
  2. 布で濾過し圧搾して黄色水分を除去
  3. 方形に成形して乾燥

形状別名称

  • ビャスラグ:方形(儀礼用は必ず方形)
  • ブーン・ビャスラグ:円形
  • ズルヘン・ビャスラグ:心臓形

種類

  • 生乳ビャスラグ(түүхий сүүний бяслаг):脱脂しない乳で製造。高脂肪で風味最良
  • 脱脂乳ビャスラグ(болсон сүүний бяслаг):オロム除去後の乳で製造

薄切りして乾燥させ長期保存する。生乳ビャスラグが最適。

アールール(aaruul):乾燥チーズ

製法:アールツ(濾過圧搾したタラグ残渣)を多様な形状に成形して乾燥。

形状別分類

  • ドゥルヴォルジン・アールール:方形切断
  • ビャサルガン・アールール:布濾圧搾後に切断
  • フルード:塊を糸で切断
  • アトガマル・アールール:手で握り成形
  • バズマル:指の間から絞り出し成形
  • ホルホイ・アールール:穴開き器具から押し出し(虫形)
  • メルヒー・アールール:4指で窪みを作り平板成形(蛙形)
  • ゾースン・アールール:硬貨形
  • ヘヴィーン・アールール:型押し成形

風味付加:乳・オロム・ツォツギー・砂糖・ブラム(飴)・ジムス(干し葡萄・アンズ・ナツメ等)を混入して多様化。

ツォルム(цөрөм)/タシュラガ(ташлага)

羊・山羊の生乳を容器に貯蔵し長期発酵させた保存食品。脂肪・蛋白質が均衡し、酸味が強く風味良好。アールール製造またはツォヴの混合材料とする。

ツォル:ツォルムから作ったアールール。

第五段階:混合加工品

製品名原料構成特徴
ズーヒー (зөөхий)新鮮オロム+穀物粉+エーズギー煮込んで練り上げた甘味食品
フトガムシ (хутгамш)液状オロム+エーズギー粉混合ペースト
ボルゾン (борзон)シャル・トス+エーズギー粉高エネルギー混合食

蒸留酒体系

シミーン・アルヒ(乳蒸留酒)

原料:アイラグを蒸留釜(тогоо)で蒸留して製造。

蒸留法

  1. 密閉蒸留(битүү нэрэх):蒸留釜に蓋型冷却器(бүрхээр)を載せ、内部に吊るした容器で凝縮液を回収
  2. 開放蒸留(задгай нэрэх):蓋型冷却器内に傾斜板(халбага)を設置し、溝(цорго)を伝わせて凝縮液を外部容器に導く

前処理:濃厚アイラグ(өтгөний айраг)を加熱し、冷アイラグと攪拌して脂肪を分離・除去してから蒸留する。過熱・過冷は品質低下を招く。

蒸留工程:蓋型冷却器上の小鍋(жалавч)に冷水を注ぎ、加熱蒸気を冷却。水を4-7回交換して段階的に留液を回収。

留分分類

  • オヒ(охь):初留(1-3回目)。最高品質・高アルコール
  • アルヒ(архи):中留(3-6回目)。標準品質
  • スヴス(сувс):後留(6回目以降)。低アルコール・水様

家畜別特性

原料風味効能備考
羊・山羊アイラグ柔和中程度ボグ・マルィン・アルヒ
ラクダアイラグ辛口良好インゲニー・アルヒ
馬アイラグ辛口低いグーニー・アルヒ
牛アイラグ柔和・辛口最良ウフリーン・アルヒ。消化効能最高

混合蒸留(бэсрэгийн архи):ラクダ・馬アイラグを他家畜アイラグと混合して蒸留。風味は良好だが効能は低い。

再蒸留酒

  • アルズ(арз):アルヒを再蒸留。極辛口・長期保存可
  • シャルズ/ホルズ/ホル:順次再蒸留。伝統的には実施されない

回し蒸留(хариулан нэрэх / буцааж нэрэх):アルヒをアイラグと混合して再蒸留。品質が飛躍的に向上。

ダルス(дарс):アルヒ/シミーン・アルヒにジムス・香辛料・薬草を浸漬した薬用酒。慢性疾患治療に用いる。

ツァガー(цагаа)/アールツ(аарц)

ツァガー:蒸留後の残渣アイラグ/煮詰めたタラグ・ホールモグ。強酸性で風味・効能良好。湿疹治療に極めて有効。

ボズ(боз):ツァガーにアイラグ由来のシャル・トスを混ぜて煮込んだ飲料。腹部膨満・体力低下・発汗促進に有効。

シャルフマグ(шалхмаг):熱いツァガーに冷乳を注いだ飲料。微酸性で風味良好。

ジェーレム(ээрэм):蒸留釜の蓋内側に付着した凝固残渣。柔和な酸味。アールール製造またはそのまま食用。

アールツ(аарц):ツァガーを布濾過して黄色水分(шар сүү / шар ус)を除去した濃縮固形分。ツァガーより柔和で濃厚。アールール・フルード製造の主原料。乳で希釈して消費、または料理の混合材料とする。


乳茶体系

スーテー・ツァイ(suutei tsai):塩乳茶

モンゴル食文化の中心的飲料。茶葉+乳+塩の組み合わせ。

基本レシピ

  1. 茶葉を水で煮出す
  2. 乳を加えて加熱
  3. 塩で調味

変種

  • スールテイ・ツァイ:羊尾脂(脂尾)を加えた高脂肪乳茶
  • オロム乳茶:オロムを溶解した濃厚乳茶
  • バンシタイ・ツァイ:小型餃子(バンシ)入り乳茶。食事として消費

乳の選択:羊・山羊・ヤク・牛・ラクダ乳を使用。馬乳は不適(泡立ちが悪い)。ラクダ乳が最適。


肉料理体系

羊を中心に、牛・ヤク・馬・ラクダ・山羊を地域条件に応じて利用する。

主要調理法と代表料理

石焼き・圧蒸系

  • ホルホグ (khorkhog):焼け石+密閉鍋で圧蒸する伝統技法。肉・野菜を投入し密封。石が物理的な「圧と湿熱」を生み出す
  • ブードゥグ (boodog):家畜の皮袋・腹腔を鍋代わりにする豪快調理

点心・餃子系

品目調理法特徴
ブーズ (buuz)蒸すツァガーンサルの主役料理
ホーショール (khuushuur)揚げるミートパイ状。都市部定番
バンシ (bansh)茹でる/蒸す小型餃子。スープ・乳茶に投入

麺・粉物系

  • ツイヴァン (tsuivan):太麺+肉野菜の炒め蒸し
  • グリルタイ・シュル (guriltai shul):麺入りスープ
  • バンタン (bantan):炒り粉団子のスープ

保存肉

ボルツ (borts):干し肉。冬季に製造し粉末化してスープに利用する長期保存食。


祝祭と儀礼食:ツァガーンサル

モンゴル旧正月の伝統的供饌体系。

主菜

  • ウーツ (uuts):蒸し羊の背(地域により牛の胸骨=オウゥチュー)
  • ブーズ:大量に準備される蒸し餃子

供饌

  • ウル・ボブの奇数層盛り(3・5・7・9層)
  • アールール/オロム/シャル・トスなどツァガーン・イデー
  • スーテー・ツァイ
  • 馬乳酒(最尊貴の飲料)

地域別食文化

西部:バヤン・ウルギー県

特徴:カザフ系住民の食文化圏

  • カズィ (kazy):馬肉ソーセージ。部位別に kazy / shuzhyk / karta
  • ベシュバルマク:カザフ系麺料理

北部・高地:フブスグル県

特徴:高地牧畜圏。ヤク乳製品の濃度・品質が高い

  • 濃厚なオロム・シャル・トス
  • 寒冷条件下の保存技術

南部:ゴビ砂漠周縁

特徴:ラクダ乳文化圏

  • ホールモグ(ラクダ乳発酵飲料)
  • 移動遊牧に適した高脂肪・高エネルギー食

都市部:ウランバートル

特徴:伝統+都市型アレンジの融合

  • 食堂定番メニュー:ブーズ/ツイヴァン/ホーショール/グリルタイ・シュル/バンシタイ・シュル

乳製品の長期保存技術

生乳保存

基本原則:煮沸・攪拌の頻度が高いほど腐敗耐性が向上。羊・山羊乳が最も保存性良好。

技法

  1. 攪拌保存:搾乳直後に煮沸し、3分の1を攪拌除去。残りを密閉容器で冷暗所保存→約1ヶ月保存可
  2. 茶殻添加:茶殻または粗塩を少量加えて煮沸し、3分の1を攪拌除去→約1ヶ月保存可
  3. 定期攪拌:毎日定時に煮沸・攪拌→無期限保存可

注意点:過度の攪拌は乳を稀薄化し、茶への展開性を低下させる。

粉乳製造

技法

  1. 生乳に穀物(黄色飯・タタル蕎麦)を混ぜて煮沸
  2. エーズギー状に煮詰めて日光乾燥
  3. 粉砕・篩別・密閉保存

または

  1. 無鉄製容器で生乳を薄層加熱・乾燥
  2. 乾燥皮膜を反復製造
  3. 粉砕・篩別・密閉保存

復元法:粉乳を微温水で24時間以上浸漬。液状乳での浸漬が最良。

歴史的背景:粉乳製造は遊牧民には普及せず、都市住民・ラマ僧の間で局所的に実施された。

ビャスラグ保存

生乳ビャスラグを薄切り乾燥し、粉砕・篩別・密閉保存→無期限保存可。


混同注意:非モンゴル料理

モンゴリアンBBQ

台湾・台北で1950年代に考案された鉄板炒め料理。モンゴルの伝統料理ではない。

ジンギスカン(成吉思汗)

日本の羊焼肉料理。農水省も郷土料理として記載。モンゴル料理との混同は誤り。


食文化の本質

「焼肉=モンゴル料理」という短絡は実態と乖離している。実際の調理技法は茹でる・蒸す・石焼き圧蒸が中心である。乳製品体系が料理全体の「出汁と脂」を支える構造であり、ホルホグの熱石は物理的な「圧と湿熱」をもたらす調理ツールとして機能している。


クイックリファレンス:必須語彙

肉料理

ホルホグ/ブードゥグ/ブーズ/ホーショール/ツイヴァン/グリルタイ・シュル/バンタン/ボルツ

乳製品

アイラグ/タラグ/ホールモグ/ウンダー/アールール/エーズギー/ビャスラグ/アールツ/ツァガー/オロム/シャル・トス/スーテー・ツァイ

蒸留酒

シミーン・アルヒ/アルズ/ダルス/ボズ

儀礼菓

ウル・ボブ/ボールツォグ

地域特産

カズィ(西部)/ホールモグ(ゴビ圏)/ヤク乳製品(北部高地)


主要参考資料

UNESCO無形文化遺産データベース

Я. Цэвэл『モンゴルの白い食べ物』(モンゴル人民共和国科学・高等教育委員会歴史研究所、1959年)

観光公式 “Taste of Mongolia”

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