Historical Development of Mongolian Calendar Systems
最終更新:2025年11月7日 初出:2006年1月12日
概要
モンゴルの暦法史は、ユーラシア大陸における天文学知識の伝播と文化交流の縮図である。中国系暦法からチベット仏教暦、そして西洋グレゴリウス暦への移行は、単なる時間計測システムの変遷ではなく、政治体制・宗教・科学思想の複合的な変容を反映している。
暦法の三大分類
モンゴル暦法研究の権威であるシャルヌード・ドンドグジャルのムンフ=オチル(Шарнууд Дондогжалын Мөнх-Очир, 2004)は、世界の暦法を以下の三系統に分類している:
- アルガ・トーロル(Аргын тоолол) — 太陽暦系統:太陽の運行に基づく計時法
- ビリグ・トーロル(Билгийн тоолол) — 太陰暦系統:月の運行に基づく計時法
- シャル・ズルハイ・トーロル(Шар зурхайн тоолол) — 太陰太陽暦系統:両者を調和させた暦法
この分類は、モンゴル学における暦法理解の基礎をなす重要な概念枠組みである。
1. モンゴル帝国期の暦法(13–14世紀)
1.1 大明暦(だいめいれき)
初制定: 1127年(天会5年)
制定者: 司天・楊級
使用期間: チンギス・ハーン時代
重修大明暦への改訂
後に暦法の誤差が顕著となったため、金世宗は司天監・趙知微に改訂を命じた。
重修版制定: 1171年(大定11年)
制定者: 趙知微
正式使用開始: 1180年(大定20年)
使用終了: 1280年(至元17年、授時暦に置換)
使用期間: 正確に100年間
技術的特徴
- 内挿法: 太陽活動計算に等間距三次差分法を使用
- 幾何学的手法: 日食三限(初虧・食甚・復円)計算に幾何学を応用
- 天文定数:
- 1太陽年(歳実)= 365.24359445日
- 1朔望月(朔策)= 29.53059273日
- 1近点月 = 29.55460929日
- 1交点月 = 27.21222500日
金朝によって制定された中国系暦法。モンゴル帝国初期における標準暦として機能した。遊牧国家における定住文明の暦法採用は、行政システムの整備と関連する。
1.2 西征庚午元暦(せいせいこうごげんれき)
制定: 1220年(庚辰年) 制定者: 耶律楚材(契丹人学者・政治家) 制定地: 撒馬爾罕(尋思干城) 背景: チンギス・ハーン西征期間中 別称: 麻答把暦(Ma’al-tabi’、アラビア語「暦表」の音訳)
制定の経緯
1220年、西征中の耶律楚材は撒馬爾罕駐屯時に重大な発見をした。『大明暦』による月食予測時刻が実際の観測と約3時間も乖離していたのである。イスラーム天文学者との2度にわたる論争を通じて、彼は伝統暦法が地理的経度差を考慮していないことが誤差の原因であることを証明した。
画期的革新:「里差」概念の導入
中国暦法史上初の地理経度補正理論
- 里差の定義: 地理的経度差による時間差を数理的に計算する手法
- 計算式: Δt = k × ΔL (k:補正係数、ΔL:経度差)
- 具体的数値: 東へ1度移動するごとに時差0.25時辰(約0.48時間)増加
- 誤差分析: 実測値の約1.4倍の係数誤差(当時の測地技術限界を考慮すれば極めて高精度)
データ源と国際的交流
耶律楚材は、おそらくプトレマイオス『地理学』の経度データを参照した。撒馬爾罕と開封の経度差は実測値の1.38倍として記録されており、当時の東西天文学交流の実態を示している。
技術的特徴
- 月食推算精度の飛躍的向上
- 五星運行軌跡計算の革新
- 分至点修正アルゴリズムの導入
- 地域別時間校正モデルの確立
中国伝統天文学とアラビア観測技術を融合した画期的な暦法である。
歴史的意義
西征庚午元暦は正式に頒行されることはなかったが、以下の点で元代暦法史における重要な転換点である:
- 地方時概念の萌芽: 後に元代学者・蘇天爵が「里差」理論を発展させ、「地方時」概念を確立
- 授時暦への影響: 経度差計算方法が授時暦の基礎理論となった
- 地域適応性研究の先駆: 中国暦法における地域別調整研究の嚆矢
文献記録
- 陶宗儀『南村輟耕録』:別称「麻答把暦」の記載
- 『元史・暦志』:核心算法の保存
- 耶律楚材『進西征庚午元暦表』:1220年5月16日癸亥の月食観測データ詳述
この月食観測は、暦法精度を検証する歴史的重要事例である。
命名の由来
- 「庚午」: 創制年1220年(農歴庚辰年)西征軍事行動の代号
- 「元暦」: 元代最初の革新的暦法としての地位を象徴
- 「麻答把」: アラビア語Ma’al-tabi’(暦表)の音訳、東西文化交流の言語的証左
1.3 イル・ハン暦(Zīj-i Īlkhānī)
制定: 1259年以降
制定地: マラカ天文台(イル・ハン国)
制定者: ナスィールッディーン・トゥースィー(Naṣīr al-Dīn al-Ṭūsī)
影響範囲: ペルシア・中央アジア・後のオスマン帝国
イル・ハン国マラカ天文台での天文観測に基づく天文表(ズィージ、zīj)。後のイスラーム圏およびトルコ系諸民族の暦法に深い影響を与えた。モンゴル帝国の西方における科学活動の証左であり、ペルシア天文学の黄金期を代表する業績である。
注記: モンゴル・トルコ暦(Mongol-Turkic calendar)への影響は、中央アジアにおけるモンゴル支配の文化的遺産として、16世紀以降も継続した。
1.4 授時暦(じゅじれき)
制定: 1280年
制定者: 郭守敬ら14名の専門官
背景: フビライ・ハーンの勅命
制定過程の特徴
- 観測拠点: 大都(北京)・上都を含む5箇所の主要拠点
- 観測網: 元朝領土内27箇所に観測所設置
- 観測機器: 13種の新規開発・改造天文機器を使用
- 精度: 1年=365.2425日(現代値との誤差は極めて小さい)
- 基準点: 1280年冬至の正確な時刻測定
授時暦は13世紀における世界最高水準の暦法であり、その精度は後のグレゴリウス暦(1582年制定)とほぼ同等である。モンゴル帝国の科学的遺産として特筆される。
2. チベット仏教伝来期の暦法(17世紀以降)
2.1 時輪暦(じりんれき / カーラチャクラ暦)
伝来: 17世紀、チベット仏教とともにモンゴルへ流入 起源: インド系太陰太陽暦 暦元: 西暦1027年(丁卯年) モンゴル語名: Төгс буянтын зурхайн ёс(完全吉祥暦法)
構造的特徴
- 年始: 3月始まり
- 基本単位: 1ヶ月30日、1年12ヶ月(=360日)
- 調整方法:
- 3年ごとに閏月挿入
- 重日(ニャマ・ジュクパ / нямa жукпa): 同じ日付を2日続ける
- 欠日(ニャマ・チャトパ / нямa чатпa): 日付を1日飛ばす
- 年間暦の作成: 毎年年末までに翌年のカレンダーを計算・準備
宇宙論的基盤:「地球平面説」
時輪暦の最も特徴的な点は、地球を平面(хавтгай)かつ静止した存在として想定していることである。これは、他の主要暦法が地球を球体(бөөрөнхий)として認識していることと根本的に異なる。
ムンフ=オチル(2004)による比較分析:
| 暦法 | 宇宙モデル | 地球の形状 | 運動原理 |
|---|---|---|---|
| アルガ・トーロル(太陽暦) | 太陽中心 | 球体 | 地球が太陽を公転 |
| ヒジュラ暦(イスラーム) | 太陽中心 | 球体 | 地球が太陽を公転 |
| ビリグ・トーロル(太陰暦) | 地球中心 | 球体 | 月が地球を公転 |
| 時輪暦 | 地球中心 | 平面 | 天体が地球上空を移動 |
この宇宙論的差異が、時輪暦における「重日」「欠日」という独特の調整方法を必然化している。平面地球モデルでは天体運行の幾何学的計算が異なるため、暦日と実際の天文現象の整合性を保つために、日付の挿入・削除が必要となる。
モンゴルへの伝播経路
チベットには複数の暦学流派が存在したが、モンゴルに直接的影響を与えたのは以下の流派である:
「ケデンの新算法」(ཕུག་པའི་རྩིས་གསར་ / Пүг сургаал)
- 開発者: スンパ・ケンポ・イェシェ・ペルジョル(青海出身の大学匠)
- 基準年: 1747年
- 特徴: 天文計算の精度向上、モンゴル仏教寺院での広範な使用
時輪暦は単なる時間計測ツールではなく、チベット仏教の宇宙論・時間観と密接に結びついた宗教暦である。仏教寺院における法要日程の決定、吉凶判断(占星術)、医学的診断などに使用された。
2.2 時憲暦(じけんれき)
制定: 清朝の国家暦 起源: 17世紀、ヨーロッパの宣教師(アダム・シャールら)が中国にもたらした西洋天文学
技術的特徴
- 西洋天文学の精密計算法を導入
- 日蝕・月蝕の予測精度が極めて高い
- 清朝の国家儀礼・行政運営の基準暦
2.3 二元暦法の併存(1921年以前)
1921年の人民革命以前のモンゴルでは、以下の二つの旧暦が併用されていた:
- 時輪暦(Төгс буянтын зурхай) — 宗教暦、日常生活の基準
- 時憲暦(Цагийн хүрдний тоолол) — 国家暦、公式行政の基準
この併存状態は、モンゴル社会における宗教権威と世俗権力の並立構造を反映している。
現代モンゴル仏教暦の特徴
現代のモンゴル仏教暦は、両暦法の要素を統合した折衷システムである:
- 暦日計算 → 時輪暦(インド・チベット系)に基づく
- 日月蝕推算 → 時憲暦(西洋・中国系)の高精度計算法を採用
この統合は、伝統的宗教文化と近代科学の実用的調和を示す事例である。
3. 近現代の暦法(20世紀以降)
3.1 グレゴリウス暦の導入
導入年: 1925年 背景: 人民革命(1921年)後の近代化政策
モンゴル人民共和国は、国際標準への接続と行政効率化のため、西洋のグレゴリウス暦を公式採用した。この改暦は、社会主義政権による世俗化政策の一環である。
西モンゴル人(オイラト/カルムイク)の先行採用
モンゴル研究者ムンフ=オチル(2004)によれば、モンゴル人の中で最も早くグレゴリウス暦を採用したのは、ヨーロッパ文化圏に居住していた西モンゴル人(バルーン・モンゴル)、すなわちカルムイク人(Халимагууд)である。
カルムイク人は17世紀にヴォルガ川流域に移住し、ロシア帝国の支配下でヨーロッパ暦法を受容した。この歴史的事実は、モンゴル系諸民族における暦法受容が、単一の中央集権的過程ではなく、地理的・政治的状況に応じた多様な経路をたどったことを示している。
3.2 伝統暦の継続
グレゴリウス暦導入後も、以下の伝統暦が並行して使用されている:
十二支暦(12年周期暦 / Арван хоёр жил)
- 対象: 主に牧畜民・農村部
- 構造: 内陸アジア伝統の動物周期暦(鼠・牛・虎・兎・龍・蛇・馬・羊・猿・鶏・犬・猪)
- 機能: 季節予測、牧畜活動の指針、民俗行事の日程決定
モンゴル語での十二支呼称:
- хулгана(フルガナ) — 鼠
- үхэр(ウヘル) — 牛
- бар(バル) — 虎
- туулай(トーライ) — 兎
- луу(ルー) — 龍
- могой(モゴイ) — 蛇
- морь(モリ) — 馬
- хонь(ホニ) — 羊
- бич(ビチ) — 猿
- тахиа(タヒア) — 鶏
- нохой(ノホイ) — 犬
- гахай(ガハイ) — 猪
60年周期暦(六十干支暦)
起源: 1346年を起点とする干支暦 変容: 17世紀以降、清朝の影響が顕著に現れる
十二支と五行(木・火・土・金・水)の組み合わせによる60年周期。モンゴル語では五行を以下のように呼ぶ:
- мод(モド) — 木
- гал(ガル) — 火
- шороо(ショロー) — 土
- төмөр(トゥムル) — 金(鉄)
- ус(ウス) — 水
モンゴル独自暦の試み
1911年: チベット暦を基礎とするモンゴル独自の暦法が制定された 背景: ボグド・ハーン政権期(Богд хааны үе)の文化的独立運動 意義: 民族的アイデンティティの象徴としての暦法
この試みは、清朝からの独立後、モンゴルが独自の国家暦を確立しようとした政治的・文化的意志の表れである。
4. 暦法史からみる文化変容の諸相
4.1 政治と暦法
モンゴルの暦法変遷は、政権の正統性確立と密接に関連している:
- 帝国期 → 中国系暦法の採用(統治の正当化)
- 仏教期 → チベット暦の受容(宗教権威との結合)
- 社会主義期 → グレゴリウス暦の導入(近代化の象徴)
4.2 宗教と科学の交錯
時輪暦と時憲暦の併存・統合は、宗教的世界観と科学的合理性の共存可能性を示している。モンゴル社会における「伝統」と「近代」の関係は、単純な置換ではなく、複層的な折衝過程である。
4.3 遊牧文化と定住文明
暦法の採用は、遊牧社会における時間認識の変容を意味する。自然のサイクルに基づく季節感覚から、数理的・抽象的な時間概念への移行は、社会構造そのものの変化と連動している。
5. 言語学的側面:暦法用語の語源と変遷
5.1 モンゴル語における暦法関連語彙
| モンゴル語 | キリル文字 | 語源 | 意味 |
|---|---|---|---|
| он жил | он жил | 固有語 | 年 |
| сар | сар | 固有語 | 月(moon / month) |
| өдөр | өдөр | 固有語 | 日 |
| хуанли / хуваарь | хуанли / хуваарь | 中国語「皇暦」 | 暦、カレンダー |
| цагаан сар | цагаан сар | 固有語 | 白い月(旧正月) |
| зурхай | зурхай | チベット語བརྩི་བ (rtsi-ba) | 暦法、占星術 |
| цаг тоолол | цаг тоолол | 固有語 | 時間計測、暦法 |
5.2 借用語と文化接触
暦法用語の語源分析は、歴史的文化接触の言語的痕跡を示す:
中国語借用語(漢語系)
- хуанли(хуваарь) ← 皇暦 huánglì:行政・学術用語として受容
- элэх ← 黄道 huángdào:天文学用語
チベット語借用語
- зурхай ← རྩིས་བ (rtsi-ba):暦法・占星術の総称
- төгс буянт ← བསོད་ནམས་ (bsod-nams):「完全吉祥」の意、時輪暦の尊称
サンスクリット語借用語(チベット経由)
- бурхан ← བུདྡྷ (buddha) ← Sanskrit Buddha:仏陀
- кала-чакра ← Sanskrit kālacakra:時輪、時間の輪
ロシア語借用語(近代科学用語)
- календарь ← календарь (kalendar’):カレンダー
- астроном ← астроном (astronom):天文学者
5.3 暦法用語の意味場分析
モンゴル語における時間概念の語彙体系:
цаг(ツァグ) の多義性:
- 時刻・時間(一般的時間)
- 時代・時期(歴史的時間)
- 運命・時機(宗教的・占星術的時間)
この多義性は、モンゴル文化における時間観念が、物理的計測・歴史的経験・宇宙論的秩序という三層構造を持つことを示している。
5.4 十二支動物名の語源的考察
モンゴル語の十二支動物名には、固有語と借用語が混在している:
| 動物 | モンゴル語 | 語源的性格 |
|---|---|---|
| 鼠 | хулгана | 固有語(古テュルク語系と共通) |
| 牛 | үхэр | 固有語 |
| 虎 | бар | ペルシア語 babr 経由の借用語 |
| 兎 | туулай | 固有語 |
| 龍 | луу | 中国語「龍」lóng の借用 |
| 蛇 | могой | 固有語 |
| 馬 | морь | 固有語 |
| 羊 | хонь | 固有語 |
| 猿 | бич | チベット語 སྤྲེའུ (spre’u) 経由 |
| 鶏 | тахиа | 固有語 |
| 犬 | нохой | 固有語 |
| 猪 | гахай | 固有語 |
この混成的性格は、十二支暦がモンゴル草原地帯で受容される過程で、中国・チベット・ペルシア文化圏との複合的接触があったことを示唆している。
6. 暦法と文化的記憶:考古学的証拠
6.1 旧石器時代の天文観測痕跡
シヴェリン・ホルモイ岩刻画(Шивэрийн хормой)
- 発見地: モンゴル国内
- 年代: 約18,000年前(後期旧石器時代)
- 内容: ライオン(または洞窟ライオン)の骨に刻まれた幾何学的文様
- 解釈: 考古学者により「月相暦の記録」と推定されている
この遺物は、モンゴル高原における天文観測と時間記録の伝統が、農耕文明の成立以前から存在していたことを示す重要な証拠である。狩猟採集社会においても、月の満ち欠けは季節の変化・動物の行動パターンと密接に関連しており、生存戦略上の必須知識であった。
ムンフ=オチル(2004)の指摘:
「人類は石器時代に月暦を創造したという仮説は、今や歴史的事実として証明されている。暦法と時間計測の歴史は、人類が時間経過を認識・記録し始めた時点にまで遡る。」
6.2 岩絵に刻まれた天文知識
モンゴル各地に残る岩絵(ハドニー・ズラグ / хадны зураг)は、古代モンゴル人の高度な天文学的知識を物語る:
モン山(Монь уул)岩絵群(内モンゴル自治区)
- 太陽・月の描写
- 単独で描かれた月
- 太陽と月を並べて描いたもの
- 月と星座を組み合わせたもの
- 月食の表現: 月の下部を削り取った形状で月食を表現
- 太陽崇拝の図像
- 太陽に祈りを捧げる人物像
- 星を見ながら踊る人々の図 → 太陽崇拝と天文観測が結合していた証拠
- 人間と宇宙の関係図
- ウラド北旗(烏拉特北旗)の岩絵:太陽・月・星空を背景に人物を描く
- 人間存在と天体運行の関係性を図像化
二十八宿の岩絵(ウラド北旗)
- 内容: 2人の人物を囲むように28個の星を彫刻
- 解釈: 中国天文学の「二十八宿」(黄道・赤道付近を28区画に分けた星座体系)を表現
- 意義: 天文学史における稀有な遺物
十二支岩絵(バドガル・ズー / Бадгар зуу付近)
- 年代: 紀元前4000年~紀元前2000年頃と推定
- 内容: 十二支動物(鼠・牛・虎・兎・龍・蛇・馬・羊・猿・鶏・犬・猪)を円形に配置
- 特徴:
- 形状は明瞭だが、様式は古拙
- 龍の形態が短く太い(古代様式の特徴)
- 意義: モンゴル人の祖先が極めて早期に十二支暦を使用していた決定的証拠
6.3 その他の考古学的証拠
アルハンガイ県チュルート川渓谷(Чулуут гол)
- 天体図の岩絵(約5,000年前)
ブルガン県フタグ=ウンドゥル郡
- 古代墓地から出土した骨製遺物
- 七つの星を半円形に彫刻(北斗七星の表現と推定)
- 年代:数世紀にわたる使用痕跡
これらの考古学的証拠は、モンゴルにおける暦法と天文学の歴史を数千年遡らせるとともに、その知識水準の高さを示している。
6.4 時間認識の進化:遊牧社会の視点
遊牧社会における時間認識は、定住農耕社会とは異なる特徴を持つ:
- 季節サイクル重視: 家畜の繁殖期、草の成長期、移動時期の把握
- 天文現象の実用性: 夜間移動における星座の利用、月齢による行事決定
- 循環的時間観: 直線的進歩史観ではなく、永劫回帰的世界観
このような遊牧的時間観が、後に中国文明・チベット仏教文明と接触することで、より精緻な暦法体系へと発展していった。
7. モンゴル固有の星座認識と民族天文学
7.1 モンゴル語による星座命名
古代モンゴル人は、天体に独自の名称を与えた。これらの命名は、遊牧民の生活実感に基づいている:
主要星座のモンゴル名
| 天体 | モンゴル語 | 命名の由来 |
|---|---|---|
| 金星 | Үүрийн цолмон(ウーリン・ツォルモン) | 「明け方の美しい星」秋冬の早朝に輝く |
| 北極星 | Алтан гадас(アルタン・ガダス) | 「黄金の杭」動かず北を指す=天幕の中心杭 |
| 北斗七星 | Тохигуур долоон од(トヒグール・ドロン・オド) | 「回転する七つ星」四季を示す |
| プレアデス星団 | Мичид(ミチド) | 「小さな集まり」月との会合周期で農牧暦を決定 |
| オリオンの三つ星 | Гурван марал(グルヴァン・マラル) | 「三頭の鹿」時刻判定に使用 |
| カシオペア座 | Хэдэргэ(ヘデルゲ) | 「鋸」羊・山羊の皮を剥ぐ道具に似た形状 |
7.2 実用的天文知識:時間・方位・季節の決定
北極星(アルタン・ガダス)による方位決定
不動の星として恒常的に北方を指示。遊牧民の移動・天幕設営における基準点。
北斗七星(トヒグール・ドロン・オド)による季節判定
- 柄が東を指す → 春
- 柄が南を指す → 夏
- 柄が西を指す → 秋
- 柄が北を指す → 冬
この知識は、モンゴル古代国家に伝統的に継承されてきた。
オリオン三つ星(グルヴァン・マラル)による時刻測定
- 南東に昇る → 夜の始まり
- 真南に位置 → 真夜中
- 南西に傾く → 夜明け前
プレアデス星団(ミチド)と月暦
「日付を忘れたら、月とミチドの位置関係で知れ」というモンゴルの諺がある。ミチドと月の会合周期を利用した暦法は、遊牧民の実用的知恵の結晶である。
7.3 民族天文学としての意義
これらの命名と実用知識体系は、以下の点で学術的意義を持つ:
- 言語学的証拠: 固有語による天体命名は、外来文化受容以前の独自発展を示す
- 認知科学的側面: 天体現象の認識が、生活用具(杭・鋸)や動物(鹿)との類比で行われている
- 実用知の体系性: 方位・時刻・季節という三次元での天文利用が統合されている
- 口承伝統の持続: 文字記録以前から現代まで継承される知識体系
8. モンゴル暦法の社会的・宗教的基盤
8.1 シャーマニズムと天文知識の結合
古代モンゴル社会において、暦法と天文知識はボー(бөө)と呼ばれるシャーマンが管掌していた。
ボーの社会的役割
13世紀の旅行者プラノ・カルピニ(Piano Carpini)の記録:
「彼ら(モンゴル人)は、この世界の見えるもの・見えないものすべてを創造した、喜びと悲しみをもたらす唯一の天(Тэнгэр)を崇拝している」
12世紀の中国史書による記録:
「多数の民族が入境した際、その年月・氏族を記録し、直ちに土地に記録した」
ボーの専門知識領域
歴史家ドッソン(Dawson)による分類:
- 夢判断 — 予知夢の解釈
- 占星術 — 天体配置による運命判断
- 骨卜 — 動物の肩甲骨を用いた占い
- 暦法計算 — 吉日の選定、季節予測
- 医療 — 疾病治療、薬草知識
ロシアのモンゴル学者バルトリド(Bartold)、ウラジーミルツォフ(Владимирцов)によれば、ボーは社会的に大きな影響力を持ち、特に優れた者は「ベヒ(Бэхи)」という称号を得た。チンギス・ハーン時代には、オイラト部とメルキト部の指導者がこの称号を持っていた。
中国考古学者キー・シャン・リン(Ки Шан Лин)の研究:
「青銅器時代、モン山周辺地域には天文学専門職が既に存在していた。しかし彼らはシャーマンであった」
8.2 天崇拝と実用天文学の統合
モンゴル人の宗教実践における天文学的要素:
月崇拝の習俗
- 新月を見ると礼拝する習慣
- 満月前は吉、満月後は凶とする判断基準
- 移動・出陣の日取りを月の満ち欠けで決定
天気予報と季節判断
カルピニの観察:
「彼らは占いを非常に重視する。鳥の飛翔、動物の内臓、そして呪術によって占う」
自然との調和思想
ロシアの研究者による評価:
「モンゴル人は、自然との関係を調整する方法において、ヨーロッパ人より数百年先んじていた」
その理由は、厳しい自然環境に適応するため、人間と自然の相互関係を綿密に理解し、その鍵となる天文暦法を古くから発展させてきたことにある。
8.3 教育制度における暦法の位置づけ
元代モンゴルの教育システムに関する記録:
「男女・貴賎を問わず、すべての者が一定年齢に達すると、部族の伝統学校に入学する。伝統儀礼・法を学んだ後、政治・文化・軍事、そして暦法・医学など、各自の才能と意欲に応じて専門を選び、自己形成の基礎とする。このため彼らの国は豊かで強大になった。これは他に類を見ない」
この記述は、暦法が単なる時間計測技術ではなく、国家統治・社会組織の基盤知識として位置づけられていたことを示している。
9. モンゴル帝国期の天文学的業績
9.1 フレグ・ハーンのマラカ天文台(1259年)
ピエール=シモン・ラプラス(Pierre-Simon Laplace)の評価:
「13世紀、フレグ・ハーンはメラゲ(マラカ)に完璧で美しい天文台を建設するよう命じた。フレグが天文学を開花させたように、その兄フビライは中国において天文学を保護した。この民族の中から、天文学に卓越した関心を持ち、最も偉大な研究者の列に加わった人物が現れた」
9.2 元朝の天文学振興政策
郭守敬と授時暦プロジェクト(1280年)
- 専門官14名の配置
- 5大拠点 + 27観測所のネットワーク
- 13種の新型天文観測機器の開発
モンケ・ハーン、フビライ・ハーン、フレグ・ハーンの貢献
この三兄弟は、モンゴル天文学を世界水準にまで発展させた君主として知られる:
- 天文台ネットワークの構築 — ユーラシア規模での観測データ共有
- 国際的学術交流 — ペルシア・中国・中央アジアの天文学者の協働
- 科学的手法の確立 — 観測データに基づく実証的暦法作成
世界の天文学史研究者は、これらを「自然科学・天文学の奇跡」と評価し続けている。
10. モンゴル暦法学の分類体系
10.1 三大暦法体系
モンゴル暦法学(ズルハイン・ウハーン / зурхайн ухаан)は、以下の三系統に大別される:
1. ツァガーン・ズルハイ(Цагаан зурхай / 白暦)
- 起源: インド・チベット系
- 基礎文献: カーラチャクラ・タントラ(時輪タントラ)
- 別名: オドニー・ズルハイ(Одны зурхай / 星の暦)
- 特徴: 仏教宇宙論に基づく太陰太陽暦
2. ハル・ズルハイ(Хар зурхай / 黒暦)
- 起源: 中国系
- 別名: マフボディーン・ズルハイ(Махбодын зурхай / 五行暦)
- 基礎理論: 陰陽五行説、十干十二支
- 特徴: 農業・社会生活に適合した実用暦
3. シャル・ズルハイ(Шар зурхай / 黄暦)
- 起源: 中国系太陽暦
- 特徴: 農業暦として特化
10.2 名称の由来
「白」「黒」「黄」の意味論
古代文献において:
- インド = 白中国(цагаан Хятад)
- 中国 = 黒中国(хар Хятад)
この区別は、各地域の人々が日常的に着用する衣服の色に由来する。同様に:
- インドから伝来した時輪暦 = 白暦(ツァガーン・ズルハイ)
- 中国から伝来した五行暦 = 黒暦(ハル・ズルハイ)
正確には「黒暦」ではなく「五行暦(махбодын зурхай)」と呼ぶべきであるが、歴史的に「ハル・ズルハイ」の呼称が定着した。
10.3 暦法の統合と発展
13世紀以降、モンゴル帝国の版図拡大に伴い、多様な暦法体系が流入・統合された:
- 三皇五帝時代の中国黒暦(伝説的古代暦)
- インド・チベット白暦(仏教天文学)
- ホトンのジディ暦(Хотонгийн Жидди / 回族イスラーム暦)
- 西洋太陽中心説(後期受容)
これらの科学的基盤を持つ多元的知識が融合し、総合的なモンゴル天文暦法学が完成した。
参考文献
日本語文献
- 松川節『モンゴル歴史紀行』河出書房新社、1998年
- 岡田英弘『世界史の誕生:モンゴルの発展と伝統』筑摩書房、1992年
モンゴル語文献(一次資料)
- Мөнх-Очир, Ш. Д. 『Төв Ази дахь Монгол цаг тоолол』(中央アジアにおけるモンゴル暦法)、2004年
- 本稿の理論的基礎をなす最重要文献。モンゴル学における暦法研究の権威による包括的研究
- Мөнх-Очир, Д. 『Монголын одон орон, зурхай судлалын түүх』(モンゴルの天文学・暦法学史)
- モンゴル天文学史の詳細な実証研究。考古学的証拠の網羅的分析を含む
- Инжинаш, В. 『Хөх судар』(青史)、1991年 [ӨМАХХ版]
- 19世紀モンゴルの歴史小説。歴代王朝の紀年法使用例を含む
- Дүншиг, Ш. 『Юань улсын дээд нийслэл – Шанду』(元朝の上都)、2001年 [ӨМАХХ]
- Дулам, С. 『Монгол домог зүйн дүр』(モンゴル神話の形象)、1989年
- Эрдэнэ, Ч. 『Их гурвалжин』(大三角形)、ウランバートル、1997年
- Жамьян, О. 『Урт өдрийн улиг үгний бичиг』、1925年
- モンゴル初期の暦法解説書
- Дагвадорж, Д. 『Монголын шашин суртахууны тайлбар толь』(モンゴル宗教用語辞典)、ウランバートル、1995年
- Арилдзэмбэ, З. 『Дээд бясалгал』(上級修行)、1993年
- Дашбалбар, О. 『Бурхны мэлмий』(仏陀の生涯)、1991年
外国語文献
- Jagchid, Sechin & Hyer, Paul. Mongolia’s Culture and Society. Westview Press, 1979
- Kollmar-Paulenz, Karénina. “The Transmission of Tibetan Dkar chag and Calendrical Treatises to Mongolia.” Studies on the History of Eastern Inner Asia, 1999
- van Dalen, Benno. “Islamic and Chinese Astronomy under the Mongols: a Little-Known Case of Transmission.” In From China to Paris: 2000 Years Transmission of Mathematical Ideas, 2002
- Радхакришнан, С. Индийская философия, Москва, 1956
- Неру, Дж. Открытие Индии, Москва, 1955
- Азархин, В. А. Эрдмээр ухаарсан үнэн, 1990
中国語資料
- 陶宗儀『南村輟耕録』(元代)
- 『元史』巻五十二「暦志」
- 耶律楚材『進西征庚午元暦表』
- 「重修大明暦」中国科学技術史料研究
- 「西征庚午元暦与里差概念」天文学史研究
- 黄明信「蒙古暦與西藏暦之研究」『内モンゴル社会科学』2001年第2期
オンライン資料
- 国立天文台暦計算室:https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/
- 维基百科「重修大明历」:https://zh.wikipedia.org/zh-cn/重修大明历
- 百度百科「西征庚午元历」:https://baike.baidu.com/item/西征庚午元历/23172547
- International Institute for Asian Studies (IIAS) Database
- チベットハウス(日本)文化資料:http://www.tibethouse.jp/culture/
注記
本稿は2006年1月12日に初出された資料を基に、以下のモンゴル学一次資料を主要な理論的・実証的基盤として全面的に再構成したものである:
主要典拠文献:
- Мөнх-Очир, Ш. Д. 『Төв Ази дахь Монгол цаг тоолол』(2004) — 暦法分類理論の基礎
- Мөнх-Очир, Д. 『Монголын одон орон, зурхай судлалын түүх』 — 天文学史・考古学的実証研究
本稿の独自的貢献
以下の点において、日本語圏におけるモンゴル暦法研究に新たな知見を導入した:
1. 理論的枠組みの提示
- 三分類体系(アルガ・ビリグ・シャルズルハイ)によるモンゴル暦法論の構造化
- 宇宙論的基盤の比較分析(地球中心説 vs. 太陽中心説、球体 vs. 平面)
2. 考古学的証拠の体系的導入
- モン山岩絵群:太陽・月・月食・二十八宿・十二支の図像分析
- シヴェリン・ホルモイ遺跡:18,000年前の月相暦(世界最古級)
- 年代推定:紀元前4000-2000年の十二支岩絵
3. 民族天文学の記述
- モンゴル固有星座名の体系的整理(ウーリン・ツォルモン、アルタン・ガダス等)
- 実用的天文知識の機能分析(方位・時刻・季節判定法)
- 遊牧社会における時間認識の特性
4. 社会史的文脈の解明
- シャーマン(ボー)の天文学的役割
- 教育制度における暦法の位置づけ
- 天崇拝と実用天文学の統合
5. 言語学的分析の深化
- 暦法用語の多層的語源分析(固有語・中国語・チベット語・サンスクリット語・ロシア語)
- 十二支動物名の語源的混成性(固有語・借用語の併存)
- 「白・黒・黄」暦の命名論理
6. 国際的学術評価の導入
- ラプラス(フランス天文学)によるモンゴル天文学評価
- カルピニ(イタリア旅行家)の13世紀現地観察記録
- 中国・ロシア研究者の実証的知見
学際的意義
本研究は、以下の学問分野を横断する統合的アプローチを採用した:
- 歴史学:帝国期の暦法改革と政治的正統性
- 天文学史:観測技術の発展と計算精度の向上
- 宗教学:仏教・シャーマニズムと宇宙論
- 言語学:借用語研究と文化接触の言語的痕跡
- 考古学:岩絵・遺物による先史時代の天文知識
- 人類学:遊牧社会の時間認識と認知構造
暦法研究は、これら複数の専門領域を統合してはじめて全体像が把握できる分野であり、今後も継続的な調査・更新が求められる。
今後の研究課題
- モンゴル各地の岩絵遺跡の網羅的調査と年代測定精度の向上
- ウイグル・チベット・ペルシア天文学との交流史の解明
- 口承天文知識の現代的記録と保存
- 社会主義期における暦法使用の実態調査
- デジタル人文学手法による暦法データベースの構築
キーワード: モンゴル暦法史、授時暦、時輪暦、西征庚午元暦、文化変容、借用語研究、内陸アジア史、シャルヌード・ムンフオチル、民族天文学、岩絵考古学
itako999.com/linguistics/ — Mongolian Language & Cultural Research Research compiled by Itako with extensive reference to primary Mongolian sources 特に考古学的証拠・民族天文学・社会史的文脈については、Д. Мөнх-Очирの研究に全面的に依拠