🎯 概要

マティアス・アレクサンデル・カストレン(Matthias Alexander Castrén, 1813–1852)は、フィンランドの言語学者であり、アルタイ諸語とウラル諸語の系統的研究の先駆者である。

モンゴル語研究における最大の功績は、現生モンゴル諸語を対象とした世界初の体系的文法書——ブリヤート語文法——の資料収集を行ったことにある。また、言語類型論において「アルタイ(Altaic)」という概念を初めて学術用語として導入した人物としても知られる。

📖 詳細

モンゴル語研究における業績

  • ブリヤート語文法の編纂: 1840年代にシベリアへ2度の長期遠征を行い、バイカル湖周辺でブリヤート語の資料を体系的に収集した。カストレン自身は出版前に死去したため、同僚のアントン・シーフナー(Anton Schiefner)によって死後出版された。現生モンゴル諸語の形態・統語を記述した世界初の学術的文法書として位置づけられる。
  • 「アルタイ」概念の提唱: ウラル諸語・モンゴル語・チュルク語・ツングース語などを包括する言語群を指す学術用語として「アルタイ(Altaic)」を初めて使用した。フィンランド人の言語的起源を探る過程でこれらの言語の共通性に注目したもので、後のウラル・アルタイ説の原型となった。現代では同説への批判も多いが、カストレン自身の実証的なフィールドワークの価値は独立して評価されている。
  • 広範なフィールドワーク: ラップランドからシベリア、中国国境(現アルタンブラグ付近)にいたる広域で調査を行い、モンゴル諸語のほかサモエード諸語・ツングース諸語など30近い言語を記録した。

人物と学術的遺産

1851年にヘルシンキ大学初代フィンランド語教授に任命されたが、過酷なフィールドワークにより結核を患い、38歳で死去した。収集した膨大な資料の多くは未出版のまま残されたが、死後に同僚たちの手で全12巻の『北方の旅と研究』(Nordische Reisen und Forschungen)としてまとめられ、後世のモンゴル学・言語学に多大な影響を与えた。文語モンゴル語を研究したイサーク・ヤーコフ・シュミット(Isaac Jacob Schmidt)と並び、モンゴル語を近代比較言語学の対象として確立した重要人物の一人である。