🎯 概要
13世紀、チンギス・ハーンの三男オゴデイ・ハーンによって建設されたモンゴル帝国の首都である。ウランバートルの南西約300kmに位置するオルホン渓谷にあり、当時の世界最大の帝国の中心として、東西交易と文化交流の要衝であった。
📖 詳細
都市の構造
2021年の超電導量子干渉計(SQUID)による地下探査で、従来の想定を大幅に超える都市の全容が明らかになった。
- 宮殿地区: 現在のエルデネ・ズー僧院の直下に、13世紀の宮殿基礎が発見されている。
- 職人区域: 金属加工、陶器製作、織物生産などの工房が存在した。
- 空き地: 城壁内の約40%が空き地であり、遊牧民の首長たちがゲルを張るための空間だったと推測される。
- 仏教寺院: 南西部に中国様式の仏教寺院(64本の柱を持つ大広間)が確認されている。
コスモポリタンな都市
ウィリアム・ルブルクの旅行記(1254年)によると、カラコルムには12の仏教寺院、2つのモスク、1つのキリスト教(ネストリウス派)教会が共存していた。また、パリやロンドンから派遣された使節、ペルシャ商人、中国の職人、ロシアの捕虜など、多様な民族が暮らすコスモポリタンな都市であった。ドイツ人の金銀細工師ギヨーム・ブーシェが製作した「銀の木」の噴水は、4つの管からそれぞれ馬乳酒、ワイン、蜂蜜酒、米酒が流れ出る驚異的な装置であったと伝えられる。
衰退と再発見
1260年にクビライ・ハーンが首都を大都(北京)に移した後、カラコルムは次第に衰退した。15世紀までに放棄され、1586年にその遺材を用いてエルデネ・ズー僧院が建設された。1889年、ロシアの探検家ニコライ・ヤドリンツェフによって遺跡が再発見された。
現代での位置づけ
2004年、周辺地域と共に「オルホン渓谷の文化的景観」としてUNESCO世界遺産に登録された。現在もドイツ・モンゴル共同の考古学チームによる発掘調査が継続しており、新たな発見が相次いでいる。