🎯 概要

1917年(大正6年)に蒙古研究会が内モンゴルで編纂し、東京の文信社から刊行したモンゴル語・日本語対訳辞典である。油印本(謄写版印刷)という簡易印刷で作成され、伝統モンゴル文字の縦書き表記にカタカナ音写と漢字訳を付す。日露戦争後の日本による内モンゴル進出期に、軍部・商社・学術機関が連携して作成した実務的言語教材であり、現在は関西大学内藤文庫にのみ所蔵される稀覯本である。

📖 詳細

油印本という特異な形態

モンゴル文字活字が日本国内に存在しなかったため、手書き原稿を謄写版で複製する方式が唯一の手段であった。数十~百部程度の限定部数しか製作できず、大正期の紙質劣化と戦災により、現存確認は関西大学のみである。タイトルページには「阿先生」「売先生」(おそらくモンゴル人協力者)と藤岡勝二博士(日本人学者)の名が記される。

帝国日本の言語政策

1911年の辛亥革命後、日本は内モンゴルの資源と地政学的重要性に着目して進出を図り、モンゴル語能力を持つ人材が急務であった。本辞典は学術辞書ではなく、軍人・商人・諜報員の即戦力育成を目的とした実務教材であり、植民地言語教育の実態を伝える物質文化遺産である。

現代での位置づけ

日本におけるモンゴル語教育の黎明期と、大正期油印本文化の稀少な実例として、言語政策史・出版文化史研究に価値を持つ。