🎯 概要
8世紀初頭、第二突厥可汗国(テュルク・カガン国)によってモンゴルのオルホン渓谷に建立された石碑群であり、テュルク諸語で書かれた現存最古の文献である。1893年にデンマークの言語学者ヴィルヘルム・トムセンによって解読され、中央ユーラシアの歴史・言語学に革命をもたらした。
📖 詳細
主要な碑文
3つの主要な石碑から成る。
- キュル・テギン碑(732年): 英雄キュル・テギン王子を讃える碑文。彼の兄ビルゲ・カガン(毗伽可汗)が建立した。古テュルク語と中国語の二言語で刻まれている。
- ビルゲ・カガン碑(735年): テュルク第二帝国の最盛期を築いたカガン自身の功業を記す。
- トニュクク碑(720年頃): 3代のカガンに仕えた名宰相トニュククが、自らの政治的・軍事的業績を語る自伝的碑文。
文字体系
碑文に使用された「古テュルク文字(ルーン文字)」は38の字母から成り、右から左へ書かれる。フェニキア文字やアラム文字からの影響が指摘されるが、遊牧民独自の発展を遂げた文字体系である。この文字は後のウイグル文字、そしてモンゴル文字の遠い祖先にあたる。
内容と歴史的価値
碑文はテュルク民族の起源神話、唐帝国への従属と独立回復の歴史、そして後世への戒めを壮大な詩的文体で綴っている。「テュルクの民よ、上に天が崩れ落ち、下に大地が裂けない限り、汝の国と法を誰が破壊し得ようか」という一節は、遊牧民のアイデンティティを凝縮した名句として知られる。
現代での位置づけ
2004年、オルホン渓谷の文化的景観の一部としてUNESCO世界遺産に登録された。テュルク系諸民族(トルコ、ウズベキスタン、カザフスタン等)にとっては民族のルーツを示す聖典的存在であり、モンゴルの地に建つことは、この地域が古代から多民族の歴史が交差する場であったことを物語っている。