🎯 概要
活仏(転生ラマ)制度を持つ大乗仏教。13世紀にサキャ派が伝来、16世紀にアルタン・ハーンがゲルク派を国教化。「ダライ・ラマ」の称号はモンゴル語で「智慧の海」を意味する。
📖 詳細
サキャ派とクビライ・ハーン
13世紀、クビライ・ハーンはサキャ派のパクパを招き、元朝全土に仏教を広めた。サキャ派は90年以上チベットの世俗権力を握り、モンゴル支配下で繁栄した。
アルタン・ハーンとゲルク派
1578年、トゥメト部のアルタン・ハーンはゲルク派(黄帽派)の指導者ソナム・ギャツォに「ダライ・ラマ」の称号を授与。この称号は前2代に遡及され、ソナム・ギャツォが第3世となった。アルタンの曾孫が第4世ダライ・ラマとなり、唯一のチベット人以外のダライ・ラマとなった。
清朝期の影響
清朝の統治政策により、モンゴル人の40%が出家し人口が激減。「チョ・ヨン(施主と師僧)」関係により、モンゴルの軍事力がチベットを保護し、ラマ僧がモンゴル首長に精神的正統性を与えた。
弾圧と復興
社会主義時代に寺院の大半が破壊されたが、1990年代以降、ガンダン寺などで僧侶養成が再開。ダライ・ラマとモンゴルの特別な関係は現在も続いている。