🎯 概要
14世紀から16世紀にかけてオイラトの主要構成部族(四オイラトの一角)として活躍した集団。当初はホイト(Хойд)部の中に含まれていたが、後に分化し強力な軍事力を持った。17世紀以降、東モンゴルとの戦いの中で散り散りになり、現在はオイラト(デルベトやバヤド)の中の氏族として名を残している。
📖 詳細
- 政治的地位: 15世紀、オイラトが二手に分かれていた際、右翼(バールン・ガル)をアラグテームルというバートゥート出身者が率いていた記録がある。
- 衰退: 16世紀から17世紀にかけて、ダヤン・ハーンやアルタン・ハーンら東モンゴル側の激しい攻撃を繰り返し受け、組織としての力は失われ、各部族に拡散していった。
- 現代の末裔: カルムイク共和国に約1000人の末裔が住んでいるとされる。