🎯 概要
西モンゴルのジューンガル部を率いて、中央アジアからモンゴル高原全域、果てはチベットまで支配する大遊牧帝国の再興を夢見た英雄。康熙帝率いる清軍と激突し、ハルハ・モンゴルが清に帰順する最大のきっかけを作った。
📖 詳細
- ハルハ侵攻: 1688年、ハルハ内部の内紛に乗じて高原へ侵攻。トシェート・ハーンらを敗走させ、ハルハを清朝の保護下へと追いやった。
- ウラン・ブトゥンの戦い: 1690年、自ら親征した康熙帝と激突。圧倒的な清軍の火力(砲兵)の前に敗退した。
- 最期: 1696年に再び康熙帝の親征を受け大敗。翌1697年にアルタイ山中で病死(一説には自殺)した。