🎯 概要
遼が金に滅ぼされる際、一族を引き連れて中央アジアへ脱出し、西遼(カラ・キタイ)を建国した指揮官。モンゴル高原から中東にいたる広範な地域にキタイの文化と制度を広め、後のモンゴル帝国に繋がる文化的架け橋となった。
📖 詳細
- 脱出と再起: 1124年に軍を率いて西北へ移動。エニセイ・キルギスやウイグルの支援を得てベラサグンに拠点を構えた。
- カトワンの戦い: 1141年、セルジューク朝の軍を破り、西アジアにおける覇権を確立。
- 統治: 多民族・多宗教に寛容な政策をとり、ビザンツ帝国からも「プレスター・ジョン」の正体ではないかと噂されるほどの繁栄を築いた。