モンゴル料理は簡単か?答えはイエスでもあり、ノーでもある。

モンゴル料理を作ろうとするならば、まずは小麦粉をこねるところから始めなければならない。出来合いの乾麺や春雨を使った料理も存在するが、大部分は小麦粉生地で作られる料理である。

肉もスライス肉やひき肉など売られていない(内モンゴルではひき肉は比較的手に入りやすい)ので、牛だったら大きな塊肉、羊や山羊だったら骨付きの脚一本などを自分でさばかなければならない。ひき肉は自分で細かく切るか、ミンチ器があればそれを使う。しかし、モンゴル料理の持つ本来のおいしさを引き出すには、機械ではなく手でひき肉にしたほうがよいとされる。

遊牧地域に行けば、肉の調達も家畜をと殺するところから始めなければならない。と殺は通常男性の仕事だが、女性には内臓をより分けて洗い清めたり、大きな骨付きの肉をさばく仕事が待っている。数日間で食べきれない量ならば、肉を細長く切って吊るして乾燥させたり、凍らせたりして保存する。塩漬けにする地域もある。もっとも、モンゴル国の遊牧地域では牧地がよく家畜が豊富なので、数日に一頭の割合で家畜を消費することも珍しくないという。

遊牧民のお宅では、朝起きたら一番に主婦が竈に火をくべる。モンゴル茶を沸かすのである。燃料は乾燥した牛糞(樹が豊富な地域では薪)だが、これだけだと火がつきにくいので、小枝などを拾ってきてナイフで細かく裂いて火を起こす。私事で恐縮だが、私の左人差し指には目立たない程度ではあるものの、切り傷の痕が残っている。10年前に竈に火をくべる手伝いをした時のものだ。

モンゴル茶の材料となるミルクも、遊牧地では当然のことながら自分で搾らなければならない。これは通常女性の仕事だ。映画やドキュメンタリー番組などで見ているとシャーシャーと簡単そうにみえるが、これも慣れるまではなかなかコツが要る。まず放牧されていた母牛達を連れてきて、柵の中からその子牛を一頭ずつ放し、ちょっとだけ乳を吸わせてから力任せに子牛を引き離して柵などに括り付け、その隙に乳絞りをする。まず子牛に吸わせてからでなければ乳の出がよくない。残酷なようだが、人間が乳絞りをしないと乳を飲みすぎて子牛がお腹をこわすこともあるのだという。最後にもう一度子牛を放して今度は思う存分乳を吸わせる。

なお、都市部では近郊から売りに来たミルクを買うか、工場でパック詰めにされたものを買うことができる。内モンゴルでは脱脂されていない粉ミルクが出回っていて、どこの家庭でもよく利用されている。

もう一つ大切なことが残っていた。水汲みである。都市部でこそ水道が完備されているが、遊牧地域では川や井戸に水汲みにいかなければならない。家族総出でラクダ車にブリキの桶を積んで汲みに行くお宅もあるし、一人でバケツをぶら下げてえっちらおっちら運ぶこともある。川や井戸まで10分近くかかることもあり、かなりの重労働だ。

小麦粉、塩、茶葉などは自給自足というわけにいかないので、村の中心まで行ったときに買い込んでおくか、行商人がやってきたときに買うなどする。小麦粉は10kg単位で布袋に入って売られている。

モンゴルの遊牧地域では、これらの下準備全てができてこそ、主婦として一人前である。都市部ならば最低限、小麦粉をこねて肉をさばくことができなければならない。こう書くと、モンゴル料理は恐ろしく難しいもののように思われるかもしれないが、それはとっかかりだけである。基本をマスターさえしてしまえば、あとは胸がすく程に単純明快な世界が広がっている。