モンゴル料理の主食は何か?この質問はちょっとやっかいである。日本語でいう「主食」という概念は、エネルギーの供給源として主に摂取される炭水化物のことであって、通常はお米、パン、麺類などがイメージされる。そういう意味で、正確にはモンゴル語には主食に相当する概念はないが、多くのモンゴル人は「我々は主に肉と小麦粉を食べている」と言う。では、小麦粉が主食で肉がおかずなのかといえば、それもちょっと違う。モンゴル料理ではあくまでも肉が主役であり、小麦粉はせいぜいその相手役ぐらいにしか過ぎない。
とはいえ、モンゴル料理ほどに小麦粉の用途が多様な料理は珍しい。日本では小麦粉の用途というとせいぜいがうどんなどの麺類かパンやお菓子、あとは天ぷらにすいとんぐらいなものだろう。
モンゴル料理のうち、小麦粉で肉を包んで作られたものの類はビトゥー・ホールと呼ばれる。ビトゥーとは隠れたとか閉じたという意味で、ボーズ、ホーショール、バンシがこれに含まれる。来客時にはこれらのビトゥー・ホールを作ってもてなすことが多い。特別な料理でもあるが、日常的な家庭料理でもあり、町の大衆食堂でよく食べられる料理でもある。
ツォイボンというモンゴル式焼きそば、肉入りの煮込みうどんなども大変ポピュラーな料理だ。マントウという蒸しパンも野菜のスープのつけ合わせとしてよく食べられる。中華料理では扁平なものや半球状のものは饅頭(マントウ)と呼ばれ、くるくると花のように巻いて作ったものは花巻として区別するが、モンゴルではいずれもマントウと呼ばれる。また薄く平たくした生地を四角く切ってゆでたパスタのようなものもある。主にゆで肉のつけ合わせとして食される。
モンゴル人がよく「金メダルの料理」と呼ぶものに、バンタンという料理がある。作るのが簡単だから金メダルなのだろう。小麦粉にごくごく少量の水をかけ入れてかき混ぜ、ちょうどアフリカのクスクスのようなダマダマにする。これを細かく切った肉入りのスープで煮て食べる。友人がうちで作ってくれたところ、我が家のナイR氏が「あれっ、まだうちにクスクスの買い置きって残ってたの?」と聞いたので、手作りだよと言ったらちょっと驚いていた。
これらの料理以外に、乾いた食べ物(ホーライ・イデフ・ユム)と呼ばれるものがある。ボーブ、ボールツァグ、ガンビルなどといった、揚げパンとお菓子の中間のような存在だ。家庭で自分で作る人もいるし、都市部ならば近所の食料品店で買うことができる。朝ご飯、ときにはお昼ご飯もこれらとお茶だけで済まし、料理を作るのは夕ご飯だけという家庭も少なくない。
モンゴル国では、朝ご飯やお昼ご飯としてパンもよく食べられている。都市部ではお店で買うのが一般的だが、遊牧地域ではたいてい自分で焼く。オーブンがなくても鍋などを竈にかけて器用に焼いてしまう。都市部で売られているパンにはロシア式の黒パンもある。ちょっと酸味があってオツな味だ。内モンゴルではあまり食事としてパンを食べる習慣はない。どちらかというと子供のおやつ程度の感覚のようだ。モンゴル国においても内モンゴルにおいても、日本人が好むようなふにゃふにゃ、ねちゃねちゃ・・・失礼、ふわふわ、もちもちとした食感のパンは少ない。モンゴル国のパンは中身がつまってゴツゴツしているし、内モンゴルで売られているパンは一応フランス式を標榜しているらしいのだが、なぜか乾いてパサパサしている。
お米はあまり中心的な位置付けではなく、お年寄りの中には「身体を冷やす性質がある」といって嫌う人もいるが、それなりに食べられている。ボタータイ・ホーラガという料理があり、肉がたっぷり入ったチャーハンのようなもの、または肉と野菜を炒めたものにご飯をそえたものを指す。ご飯と具を別々に盛り付けるのは近代的なスタイルだという。日本人に馴染みのないものかもしれないが、この他に乳の粥がある。乳は主に牛乳で、塩と砂糖を入れてお米を煮る。お粥といってもドロドロのものではなく、スープ状である。お米と牛乳と砂糖という組み合わせを奇異に感じられる人もいるかもしれないが、実は英語ではライス・プディングと呼ばれ、世界各国に存在する。また、炊いたご飯にシャルトス(モンゴルバター)と塩と砂糖を混ぜたものなどもある。
モンゴル語でフーフディーン・ボター(子供用の穀類)、またはロシア語でカーシと呼ばれるものもある。粗挽きの小麦、つまりセモリナのことだ。これも乳の粥と同様にオートミールのようにして食される。乳の粥やフーフーディーン・ボターは離乳食としても利用されている。まれに、はったい粉を食べることもある。内モンゴルでは粟が非常に好まれている。モンゴル茶に入れたり、ジョーヒーと呼ばれる生クリームのようなものに混ぜて食べたりする。この他に、内モンゴルではモンゴルに自生するそば粉を使った料理もある。掌と指先を使ってくるっと平たくしたモーリン・チフ(猫の耳)と呼ばれる料理などだ。