ブリヤート語(モンゴル語ブリヤート方言)
さるコミュニティにて、ブリヤート共和国の情報サイトが紹介されているのをみつけた。ロシア語、英語、ブリヤート語のページがある。 ブリヤート語なるものは、モンゴル語の三大方言の一つであり、ブリヤート方言とも呼ばれる。使われている文字は同じキリル文字であるが、正書法などには独自の体系を持っている。 ブリヤート語のページなどなかなか目にする機会がないし、珍しいのでメモしておこう。http://egov-buryatia.ru:8082/
さるコミュニティにて、ブリヤート共和国の情報サイトが紹介されているのをみつけた。ロシア語、英語、ブリヤート語のページがある。 ブリヤート語なるものは、モンゴル語の三大方言の一つであり、ブリヤート方言とも呼ばれる。使われている文字は同じキリル文字であるが、正書法などには独自の体系を持っている。 ブリヤート語のページなどなかなか目にする機会がないし、珍しいのでメモしておこう。http://egov-buryatia.ru:8082/
これから書こうと予定していることが、だいぶ頭の中にたまってきた。書きたいテーマを思いついても、それを実際に書く段になるまでの間、ずっと覚えているというのは骨だ。後で本当に書くかどうかは別として、とりあえず現在頭の中にあるものをメモしておこう。 旧「いたこのたわごと」からのモンゴル語の辞書(8)~(27)までの記事を「モンゴル語の穴ぐら」に引越し。[5/24 済] モンゴル語の専門用語辞典、用語集の蔵書(推定20~30冊)のスキャン画像取り込み。ISBNなどの書籍情報のまとめ。 近代のモンゴル語辞書に関して記事をまとめる。 『ホホ・ソダル』の各章について、『青史演義』を参考に内容の要約を作成。[作成中] 『言語研究』の第51号以降に掲載されたモンゴル語研究論文をリストアップ。[5/29 済] 「モンゴル語音韻対応表」の改訂版(作成済み)をアップ。[済] 「モンゴル語の空間表現」の要約をアップ。[済] 「モンゴル語コーパス」に関する情報をまとめる。 モンゴル語Web表示のための「外部フォント・ファイル」の記事について続きを書く。 モンゴル語のユニコード表示に関する記事 [執筆中] 「モンゴル語速報」に今年の日本モンゴル学会とモンゴルの国際学会などの日程案内を載せる。[済] 「モンゴル語速報」でモンゴル人研究者によるモンゴル語PC処理の開発について紹介。 「モンゴル語速報」で国内の研究者によるモンゴル語辞書電子化について紹介。 この他にも、「モンゴル語年表」のページを引越しさせたいのだが、テーブルタグのせいかスタイルシートが崩れてうまく表示させることができない。これはプログではなくホームページスペースを利用するなどした方がよいのかもしれない。当面の間、現在の「いたこのたこつぼ」のページにリンクを貼っておいてしのぐことにしよう。 あー、全部メモしたらすっきりした。。。
頭の中は定期的にお掃除をしないと、メモリ容量が一杯になってしまうようだ。数ヶ月前、猛烈な勢いでモンゴル語関係の情報を集めたのだが、その直後にいろいろと用事が入ってしまい、そのままにしてある。 それだけでなく、日常の雑事も次から次へと降ってきて、頭がパンクしそうになる。最近は若年性痴呆が増えていて、世の中が便利になりすぎて人間がナマケモノになっているせいだと言われるが、それは逆だと思う。世の中が複雑になるにつれて、処理しなければならない情報、整理しておかなければならない知識、決断を下さなければならない事柄が格段に増えてきたせいだ。 とりあえず、頭の中にひっかかっていることを文章化してしまって楽になろうと思ったが、次から次へと書きたいことが出てくる。とても文章化のスピードが追いつかない。 実はさっきから何度も、この「たわごと」にモンゴル語研究に関する執筆計画のメモを記して載せようとしているのだが、あふれてくる文章を書き綴るうちに数コラムになってしまった。その都度、タイトルを「執筆計画」と記入して書き始め、結局別の内容になってしまう。まずそっちの内容を文章化するのを、先に片付けてしまいたい衝動にかられるからだ。このコラムも今度こそは執筆計画にするつもりが、全く違う内容になってしまった。 とはいえ、いろいろと文章を書いて吐き出しているうちにだいぶ楽になってきたようなので、次回からは大丈夫だろう。
自分の結婚式の準備を始めたら、実にいろいろな人と連絡をとらなければならなくなった。レストランを会場として利用して、しかも招待客にお祝儀などの負担をかけないようにと会費制にしたので、まるっきり最初からすべてのセッティングをやらなければならない。 いざ準備を始めてみたら、予想をはるかに上回る膨大な手間がかかった。通常のブライダル業者に対して支払う金額は決して安くはないが、あれは人件費と手数料のカタマリなのだと思い知った。業者にすべてを任せてしまってパックでやってもらう場合の、ざっと見積もって約20倍の手間と時間をかかると思ったほうがいい。 もし身の回りの誰かが「レストラン・ウエディングをやりたい」と言いだしたら、私ならとりあえず猛反対すると思う。レストラン・ウエディングや会費制に興味があるという人は、よっぽど身近に世話好きな人がいるか自己負担額を大幅に増やしてもいいというのでない限り、「レストラン・ウエディング」か「会費制」か、どっちかだけにしておいたほうが無難である。「海外旅行はパック旅行」という人も、絶対やめた方がいい。挙式や披露宴は専門の会場かホテルでやるに留めて、せいぜい二次会でレストランを利用するぐらいにとどめるのが無難だ。 準備の最初の段階では物理的に忙しいだけだが、終盤に近づくにつれてレストランとの打ち合わせや招待客との連絡だけでなく、花屋との打合せ、会場用音響レンタル業者との打合せ、撮影機器のレンタル注文、引き出物の購入注文、ラッピング資材の購入、挙式関係の祭祀者との打ち合わせ・・・などと際限なく続く。 しかも、誰と誰に何がどこまで伝わっていて、さらにそのどこまで伝わっているかを誰が把握しているかということまで、逐一を確認しておかなければならない。単に気力や労力というより、むしろ記憶力と注意力の限界である。 最初は、いかに忙しいかを力説しても、溺れかかっている者を見ても水泳の練習に励んでいるぐらいにしか感じないのか、手伝わないことを単に「非難」されているようにしか感じないのか、孤立無援の状態であった。人間の想像力には限界があるから、しかたあるまい。 それでも、ぽつりぽつりと救いの手は現れた。挙式(正確には法要)のためのパンフレットも、親切にもむこうで作ってもらえることになった。さらにレストランも、会場機材のレンタル業者への値引き交渉をしてみてくれるという。撮影を引き受けてくれる人、受付や司会を引き受けてくれる人、来日するモンゴルの友人のためにお土産を見繕っておいてくれるという人まで現れた。感謝である。
人が「調べもの」をする動機には、大きく分けて2種類あると思う。 ひとつは、何かを成し遂げるために、その準備としていやおうなしに物を調べざるを得ない場合だ。例えば、使っていた掃除機が突然動かなかったとする。こんなとき、取扱い説明書を読めばいいのだが、これが分厚かったりするとやっかいだ。もし「そもそも掃除機たるものは・・・」などと、どうでもいい文章が延々と続いていたとしたら、読まされる方もたまったもんではない。 世の中、これだけ情報が氾濫していると、必要な情報と不要な情報をより分けるのにひどく頭を使わされる。だから、必要な情報はある程度整理して、すぐに引き出せるようにしておいた方がいいだろう。古くは辞書や百科事典、さらには入門書や概説書などが、必要な情報へのアクセスのための道しるべとなっていた。最近では検索エンジン、データベースなどがそれに変わりつつある。これだけ記憶媒体が進歩した現在、知識をすべて頭の中に溜め込む必要はなくなった。むしろ、何かしたいとき、どうすれば必要な情報が求められるかを知っていることの方が重要になろうとしている。 しかし、我々現代人はいつのころから、情報を娯楽として消費するという習慣も身につけている。人が調べものをするもうひとつの理由として、なぜか調べる行為そのものが楽しみということもある。 娯楽として調べものをするならば、情報は各所に分散していて、入り組んでいればいるほど楽しい。宝探しのようなものだ。だから、情報というものは、楽しいと感じる人が整理すればいいし、それを使いたい人は自由に活用すればいいと思う。それが嫌な人は、もっとデキのいいものを探すか、自分でもっと使いやすいものを創るかどっちかだ。