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Month: November 2006

清代のモンゴル語規範書

清朝の統治者は、モンゴル地区およびそこに居住するモンゴル族の統治を容易にするため、理藩院と諸旗の衛署においてモンゴル語とモンゴル文字の使用を推奨し、北京とモンゴルの各地では「モンゴル官学」のようなものを振興させた。 学生たちはモンゴル語会話を身につけただけでなく、さらに満州語、漢語、モンゴル語の読み書きも学んでいた。同時に、政府からはモンゴル語の規範化と正書法の統一を望む声が出され、重要な公文書、典籍、律令などは、すべてモンゴル語への翻訳刊行が必要とされた。 このように清朝政府がモンゴル語や文字の使用を強く推し進めたため、清代には、モンゴル語による著作、モンゴル文字の正書法、用語集、辞典等が数多く出された。これらには例えば、富俊編著の『蒙文旨要』、阿尤喜固什の『アリガリ文字』、賽尚阿の『蒙文彙書』や『蒙文晰義』等がある。 ��参考サイト>http://www.nmg.gov.cn/nmgly/lswh/qd_25.htmより抄訳。

『満州実録』

清朝満州族の原流と興起とを語る唯一の史料である。言語資料としては、満州語の原文に、漢訳、蒙訳が附されて一巻を成しているが、その蒙訳の蒙古語は、翻訳臭を余り感じさせない良質の蒙古語文語であって、十七~十八世紀の蒙古語資料として、十分使用に耐えうるものと考えられる。 「満洲実録」は戦前(昭和十三年)、日満文化協会から『今西春秋訳 蒙和対訳満洲実録』として出版されていたが、原書の「蒙」の部分が割愛されていた。最近では満蒙2体の原文をすべてローマ字に転写し、それぞれに日本語訳を附した、今西春秋訳『満和蒙対訳 満洲実録』が1992年に刀水書房から出版されている。 ��出典>刀水書房パンフレットより抜粋

『蒙文指要』

学習院大学図書館の和漢籍蔵書データベースで「蒙文晰義」という書物の存在を知ったことについては、すでにこのブログに書いたが、ちょっと気になったので調べてみた。 「中國大百科智慧蔵」というサイトの記事によると、もともとこれは全四巻からなる『蒙文指要』の一巻目である。『蒙文指要』の各巻は、それぞれ「蒙文晰義」、「蒙文法程」、「便覽正訛」、「便覽補彙」と名付けられている。 『蒙文指要』は清代にモンゴル族の文学者、賽尚阿(1798~1875)によって編纂され、1848年に刊行されたという。 東洋文庫のOPACでも調べてみたところ、同図書館には「蒙文晰義」、「蒙文法程」、「便覽正訛」、「便覽補彙」の四巻すべてが収蔵されていることが判った。ただし、妙なことに、東洋文庫のデータでは出版年は嘉慶19年(1811年)とされており、「中國大百科智慧蔵」の記事に記された刊行年とは一致しない。 ��参考サイト>中國大百科智慧蔵