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Month: March 2009

モンゴル in 仙台

日本モンゴル学会の2009年春季大会が、5月16日(土)に東北大学で開催される予定だ。ちょっと調べてみたら仙台はモンゴル人居住者の多い土地柄らしい。以下は、仙台市内でモンゴルと関係ある活動についてのページである。 株式会社アイ・ティー・プロジェクト(モンゴル技術大学とのソフト開発の合弁会社経営)http://www.welcome-sendai.net/itproject/index.htm 日本語教科書が完成、モンゴルに贈る 東北大チームhttp://news.goo.ne.jp/article/kahoku/region/20090331t15050.html「多言語防災マニュアル 地震」(DVD版) モンゴル語ほか(「仙台国際交流協会ホームページ」には、モンゴル語版はまだアップされていないようだ。)http://www.city.sendai.jp/soumu/kouhou/houdou/05/170420lang.html モンゴル地質情報http://www.geocities.jp/y95480/indexjp.htm#MongolJP モンゴル人留学生協会「ゴルムト」http://www.sira.or.jp/cgi-bin/dantai/index.cgi?pg=9698-1209037467 福喜多モンゴル料理店http://local.yahoo.co.jp/detail/spot/2645ca525939c24e2d6f8301aac30713/福喜多麺点紅房(オーナーの奥さんが内モンゴル人とか。上記店舗の系列店?)http://www.asku.com/RV/010R/?_item_id=1408841&area_id=04 草香麺(内モンゴル製そばシリアル)http://www.yumen.biz/index.htmlモンゴル茶販売http://www.soleil-salon.net/modules/formmail/index.php?id_form=2

横書きのウイグル式モンゴル文字

モンゴル語の表記には、ご存知の通り何種類もの文字が使用される。現在使用されているものとしては、キリル文字、ウイグル式モンゴル文字などが代表的だ。キリル文字は横書きで、ウイグル式モンゴル文字は縦書きなので、これらをそれぞれ横文字、縦文字と呼んで区別する場合もある。 ところが、「世界の特殊文字ウィキ」というサイトの以下の記事によると、ウイグル式モンゴル文字には横書き体も存在していたらしい。http://wiki.livedoor.jp/qvarie/d/%b3%c8%c4%a5%a5%e2%a5%f3%a5%b4%a5%eb%ca%b8%bb%fa ウイグル文字は古代ウイグル語を書き表すために使われていた文字で、もともと横書きの文字だったが、しだいに縦書きで用いられるようになった。13世紀になると、このウイグル文字はモンゴル語でも用いられるようになった。あいにく私は古代ウイグル語には全く詳しくないのだが、モンゴルに伝えられた当時のウイグル文字はすでに縦書き体になっていて、それがそのままモンゴル語でも縦書き体として採用されたと見なすのが妥当だろう。もしこの考え方に基づくなら、横書き体はもっと古い時代のものということになる。おそらく「先祖返り」という記述はこのことを指すのだと思われる。 ウイグル式モンゴル文字に横書き体が存在していたというのは初耳であった。ガセネタなどではなく、果たして本当の話なのか非常に気になる。そこで、”Versuch eines w醇rrterbuches der t醇вk-dialecte”という辞書について調べてみたところ、東洋文庫に所蔵されていることが明らかになった。今度、近いうちに同図書館を訪れて確認してみたいと思う。

モンゴル語訳聖書

キリスト教の聖書のモンゴル語訳がモンゴル聖書協会というところから発行されている。また、これと全く同じものかは不明だが、オンラインでモンゴル語訳聖書を無料で閲覧することができる。http://gospelgo.com/a/2000/mbible.htm

昼寝

2009-03-15 | できごと

昼寝は10~20分で夜中の睡眠数時間に匹敵するらしい。数日間ならこれで乗り切ることができるそうだ。まあ、どんなに忙しくても平均1日5時間の睡眠はきちんと確保できているのでよしとしよう。

アヤガ・マヤガ

モンゴル語には、ある単語を2回続け、しかも後の方の単語の子音をmにすることで、「それに類する物」という意味を表すことができるという文法規則がある。モンゴル語をやっている方は、「ああ、あれかぁ」と思われるだろうが、知らない人のために例を挙げておこう。 аяга (アヤガ)=お茶碗аяга маяга (アヤガ・マヤガ)=食器類 хувцас (ホプツァス)=衣服хувцас мувцас (ホプツァス・モプツァス)=衣類 つまり、お茶碗の意味を表すアヤガという語に、語等の子音をmにしたマヤガをつなげると、お茶碗に類する物という意味になる。同様にして、衣服という意味を表すホプツァスという語に、語頭の子音をmにしたモプツァスをつなげると、衣類という意味を表すことができる。こういった現象を言語学的な用語で何と呼ぶのか知らないが、とにかく非常に生産的な用法であり、様々な単語にこれを応用することができる。 この知識が頭にあると、ついつい「ほっともっと」などという店名を見てもモンゴル語を思い出してしまう。「ほっともっと」とは、ほか弁でおなじみのフランチャイズ店「ほっかほっか亭」だった店舗のうち一部が、経営の事情で分裂して独自の店名を称するようになったものだ。 ちょっと考えてみると、他にもお菓子メーカーにヨック・モック(YOKU MOKU)なんて会社もあったし、練馬区にはnukumukuという名前の小さなパン屋さんもある。ではいったい、ヨックとはなんぞや、nukuとはなんぞやと言われても困るのだが、こういう音声的な言語感覚は日本人も少なからず持っているのではないかと言ってみたかっただけの話だ。

内モンゴルの食べ物

「金魚園」ホームページの「ドクター金花のモンゴル民族 健康食生活!」という特集ページでは、内モンゴル人の金花氏(農学博士)がモンゴル料理について解説を行っている。内モンゴルにしかない食べ物についての記述もあるが、モンゴルの伝統的な食物について述べられているので、おおむねモンゴル国のモンゴル人にも共通する内容が多い。モンゴルの食物についてかなり踏み込んだ知識も盛り込まれている。http://www.kingyoen.jp/column/

トルファンアーカイブのモンゴル語古文書

ドイツの民俗学博物館(the Museum für Völkerkunde)は、同博物館の元インド部長アルベルト・グリュンウェーデル(Albert Grünwedel)をリーダーとして、1902年から1914年までの間、4回に渡ってトルファン探検を行っている。 これらの探検によって、ベルリンには数千点の資料、壁画、その他の遺物、そして約4万点の古文書の断片がもたらされた。中でも特に貴重な資料は、中央アジア出土のマニ教の原本、ソグド語のキリスト教文書、バクトリア語と「エフタル」文字の断片、中世のペルシア語の詩編の断片、パフレヴィ文字の遺文、および古いトルコ語のルーン文字(注:おそらくオルホン碑文などでおなじみの突厥文字のこと)などである。現在、これらの古文書は、ベルリンブランデンブルク人文科学アカデミーおよびベルリン州立図書館に保管されている。 これらのうち、モンゴル語の資料はベルリン国立図書館-プロイセン文化遺産によって写真撮影と修復作業がなされており、以下のベルリン・ブランデンブルグ科学アカデミーによるトルファン研究(Turfanforschung)のサイトで自由に閲覧することができる。http://www.bbaw.de/forschung/turfanforschung/dta/monght/dta_monght_index.htm 上記のデジタルアーカイブには、珍しいパスパ文字文書の断片なども含まれていて圧巻だ。ぜひ覗いてみることをお勧めする。 ��出典>IDP ドイツコレクションhttp://idp.afc.ryukoku.ac.jp/pages/collections_de.a4d

フッシュ・オア・チキン?

2009-03-05 | 未分類

紀行文というやつはどうも苦手だ。読んでいると苦痛になる。中世にモンゴルを訪問した人の記録とか、モンゴルやチベットに何年も潜伏した人の記録とか、そういったものはそれなりに読んで楽しいのだが、数泊の観光旅行の記録みたいなのを読むとうんざりしてくる。これは別に特定の作品を批判することを意図したものではないので、一般論として聞いて欲しい。 この手の紀行文は、成田空港に到着した場面でストーリーが始まるのがお決まりのパターンで、空模様がどうだったとかいう話になる。そして感動の搭乗シーンとなり、さらに機内での様子の細々とした描写に移る。大抵はフライト・アテンダントに「チキン・オア・フッシュ」と訊かれたなどという話が微に入り細に入り綴られる。そして、チキンを頼もうと思っていたのに品切れで、結局フッシュを食べたというエピソードが最高のクライマックスであるようだ。 それでもまあ、よく考えてみれば、閉鎖空間に身を置かれて食事に2つしか選択肢がないという状況は日常生活では稀なことなので、印象に残りやすいのだろう。各民族の宗教的、文化的な背景からして、チキンがタブーだという人は少ないので、選択肢のうちのひとつとして採用されやすいのだというような話は聞いたことがある。 しかし、飛行機にチベット人の御一向様が乗り込んできた場合、ちょっとやっかいなことになりそうだ。チベット人には魚を食べる習慣はない。仏教に関係があるという説もあるが、詳しい説明は省くとしよう。海外在住が長いチベット人は例外として、まず魚は食事に出さないほうが無難だ。しかも、ラサなどの都市部に住むチベット人を除いて、チキンもあまり食べる習慣はない。あるいは鳥葬の習慣に関係があるのかもしれないが、文化的なものもあるのだろう。 というわけで、チキンとフッシュしか用意していなかった場合、乗客は食事にありつくことができない。まさかそんなことは搭乗手続きの際に確認すればいいのではというツッコミが入るかもしれないが、チベットという国があるわけではないので、搭乗手続きをする際に提示されるのはあくまでも中華人民共和国のパスポートなわけだ。 チベット人が常食にしているのはヤクの肉だが、現地に行かなければ入手は難しいので、代わりにビーフ・オア・チキンにしてみたと仮定する。だがそこに、インド人御一行様がどやどやと乗り込んできたらどうなるだろう。インドには多種多様な宗教の人々がいる。私の記憶違いでなければインドのパスポートに宗教の別が明記されているわけではないので、これも蓋を開けてみるまでどんな食事を用意すればいいのか分からないはずだ。 ヒンドゥー教徒は宗教的タブーでビーフを口にすることはできない。一方、イスラム教徒はポークがタブーである。ヒンドゥー教徒ならばタブーではないが、インドでは文化的にポークを口にすることはきわめて稀だ。つまり、ビーフやポークという選択肢もあり得ない。では、マトンを用意したらどうだろう。これならばヒンドゥー教徒もイスラム教徒も文句を言わないだろう。チベット人もマトンなら大丈夫なはずだ。 だが、もっとやっかいな問題が潜んでいる。イスラム教では、厳密にいうとハラールというイスラム教の儀式にのっとって屠殺された肉しか食べてはならないことになっている。戒律を厳格に守るイスラム教徒ならばハラール肉しか口にしない。では、ハラール肉が手に入らない場合はどうするのかというと、今までに出会ったイスラム教徒を実際に観察したところ、代わりに魚を食べるなどしていた。ということは、マトン・オア・フッシュですんなり解決するだろうか。 いやしかし、インドには厳格なベジタリアンのヒンドゥー教徒も存在する。彼らは肉も魚も、人によっては卵も口にしない。では、マトン・オア・ベジタブルでどうだ。いやいや、物事はそう単純ではない。インドにはジャイナ教徒という人々もいる。彼らはほとんど全てベジタリアンなのだが、厳格なジャイナ教徒になると根菜類も食べてはいけないことになっている。つまり、同じベジタリアン食でもジャガイモを使ったコロッケなどはダメなことになる。すると、マトン・オア・豆カレーとでもいう2択に落ち着くのだろうか。イスラム教徒も、ハラール肉も魚も手に入らない場合には、最後の手段として何ヶ月も菜食を続ける場合があるという話を聞いたことがある。肉類がないとイスラム教徒的にはやや不満だろうが、ベジタリアン食で我慢してもらうしかないだろう。ともかく、これならばチベット人、厳格なイスラム教徒、厳格なヒンドゥー教徒、厳格なジャイナ教徒の全てを満足させることができそうだ。 ここにモンゴル人の御一行様が乗り込んできても何ら問題がないように思われる。モンゴル人の常食はまさにマトンである。付け加えて言うならば、モンゴル人はよっぽどのことがない限りラムを食べることはない。生育していない家畜を殺すのは不憫だというわけだ。 しかしここで、ふとやっかいなことに思い当たった。モンゴル人はインド人とは逆でスパイス類が苦手なのである。チベット人はというと、インド領内やラサなどに住む人だとスパイス類は大丈夫だが、他の地域のチベット人はあまりスパイス類は好まない。 しかも、さらにうるさいことを言うと、イスラム教徒とモンゴル人では家畜の屠殺の方法が逆である。イスラム教徒は喉を掻っ切って血を流しだすようにするのだが、チンギス・ハーンはこれを嫌った。モンゴル人は基本的に首から出血させることなく屠殺を行う。うるさいことを言うイスラム教徒とうるさいことを言うモンゴル人が同乗したら、用意したマトンによってはどちらかが食すことができないという事態も起こり得る。モンゴル人は食事に肉が入っていなかったら相当不満に思うだろう。すると、モンゴル人に合わせるならばモンゴル式のマトンを用意して、イスラム教徒は全員菜食してもらうということになるだろうか。いや、だが全てが厳格なモンゴル人やイスラム教徒とは限らない。大抵のモンゴル人にはハラール肉を食べさせても構わないと思うし、イスラム教徒でもハラール肉以外のマトンでも構わないという人はけっこういる。というわけで、結論はマトン・オア・豆カレー。スパイスの問題を忘れていたが、ガラムマサラでも食事に添えて配ってインド人に我慢してもらうしかないだろう。ともあれ、問題はうまく解決したようだ。 するとそこに、マトンも豆カレーも苦手という日本人が乗り込んできて・・・・・・。

チベット仏教による発電

2009-03-04 | 未分類

チベット仏教のお寺に行くと、マニ車というものを目にすることができる。これは何も目にするためだけのものではなくて、実際に手で触れるためのものだ。ご存知の方もいるかと思うが、マニ車には中にお経が収められており、一回まわしただけでそのお経を一回唱えたことになるという便利な代物だ。お寺に備えられているマニ車は大型のものだが、携帯用のコンパクトサイズのものもあり、チベットでは老人が片身離さず手にしていることが多い。暇さえあればマニ車を回し、せっせと功徳を積んでいる。 モンゴルではさすがに社会主義時代に仏教は禁止されていたので、四六時中マニ車を回しているような人は見かけないが、それでもガンダン寺などのお寺に行くとマニ車をせっせと回している光景を目にすることができる。 それにしても、回すだけでお経を唱えたことになるという発想はすごい。チベット仏教にはそもそも合理主義的な面があるし、便利さとスピーディーさを求めたい気持ちは人間誰でも一緒だろう。 さらに、テレビの映像で見かけたのだが、水力発電でマニ車を回しているというもっとすごいものもあった。人力で回転させなくても功徳になるらしい。その理屈で言うと、ハードディスクに経文を収めておけば、超高速で回転してくれるので、功徳を積みまくりということになる。というわけで、以下のサイトからはデジタル・マニ車をダウンロードすることができる。http://www.dharma-haven.org/tibetan/digital-wheels.htm ではいっそ、人力で回転させているマニ車に発電装置を仕組んでおいたらどうだろう。自転車の発電機などのように、回転運動を利用して電力を得られないだろうか。敬虔な仏教徒の力をもってすれば、優に一日に十数時間は回転可能だろう。得られた微々たる電力でいったい何をするのかと聞かれたら答えに困るが、電灯用ぐらいにはなるだろう。夜間、その明かりの下で仏教学の勉強でもすれば功徳も倍増だ。