働きアリの法則
最近、冠婚葬祭の準備は動かなかった者の勝ちという結論に達したが、大学のプロジェクトでもそうらしい。組織が大きくなればなるほど、指揮命令系統が複雑になり、どうしても誰かコマンド待ち状態の人が生じてしまう。もちろん本人には悪気はないのだろうし、指示もされていないのに勝手に動いてしまっては統率が乱れて大混乱に陥る恐れもある。 組織の内部で指示内容と指示内容が矛盾しないようにするためには、できる限り少人数の人が指揮を取るのが望ましいわけだが、そうすると指揮を取る役割の人に過度な負担が集中する。単に指示を出していればそれで事が足りるならばよいのだが、指示内容だけでは処理しきれない例外的な状況も当然発生するわけだから、そうするとその処理に対する指示を求めて質問のフィードバックが集中する。 しかも、下の者が必ずしも指示通りに動いてくれるかというと、そうとも限らない。やれ機械の歯車になるのは嫌だとか、ロボット扱いされただの、いろいろとうるさい事を言い出す者も必ず出てくる。そればかりか、すんなりと動いて欲しくてちょっとでもきつい事を言えば、威張り散らして態度が傲慢だなどと逆恨みされる可能性もあり得る。中には、親代わりに頼ってやっかいな人生相談まで持ちかけてくる輩もいるだろう。 組織全体の動きとして、重要度が低い物事はできる限り下のレベルの者で処理しておいて、いざ重要な事項の決定は上に立つ者が判断を下せるように、本来はアイドリング状態にしておくのが望ましいはずだ。将棋に例えて言うならば、なんでもかんでも王将を動かして解決するのはへぼ将棋だ。 しかし、人間とは本来それほど勤勉な生き物ではないようだ。ましてや大きな組織にもなると、組織内部の細かな動きが直接自分の存在に影響を及ぼす割合も下がってくるから、組織全体として辻褄さえ合っていれば、動かないで済むものは動かないでおこうという発想になるのは、まさに当然といえば当然だろう。 人間ばかりではなく、勤勉という印象の強い働きアリですらそうであるらしい。「働きアリの法則」というものがあって、働きアリの群れのうち実際に働く個体は80%にしか過ぎず、残りの20%は全く働かないのだという。しかもその働かない20%の個体を取り除いても、今度はその残りのうち働くのはやはり80%になってしまうのだという。この話は聞きかじっただけなので真偽のほどは不明だが、確かにこれは人間社会にも当てはまるような気がする。 さっき、やっと出典を見つけた。以下のファイルのpp.22-23の長谷川英祐「お利口ばっかりでも,たわけばっかりでもダメよね! ~「集団」行動の最適化~」という論文だ。怠ける個体の存在も、群れの存続のためには何らかの寄与をしている可能性があるといった興味深い議論だ。http://wwwsoc.nii.ac.jp/jes2/NL/NL43_web.pdf