辞書の前書き
半年ほど前だが、モンゴル語工学用語辞典について長岡技術科学大学側と打ち合わせをした際、「だれか工学関係の偉い先生に前書きを書いてもらいたい」というふうに頼まれた。 といっても、なかなか執筆を依頼できる適任者は思い浮かばない。人文・社会科学系ならばいくらでも偉い先生は知っているのだが、なにしろ畑違いでは手も足も出ない。共同作業者のアルタンゾル夫妻にも相談したが、見たこともない辞書の前書きなんて書いてくれる先生はいないとのこと。 そこで辞書のゲラ刷りが出来上がるのを待って、それを誰か偉い先生に郵送して書いてもらおうという話になった。すでに校正済みデータは印刷所に渡してあったのだが、印刷所が納期についてその時々でぜんぜん別のことを言うので、あらかじめ印刷所のオペレータに電話を入れて確認しておいたのに、その日程通りにはゲラ刷りができあがらないという事態に陥った。 当初はモンゴル科学技術大学の学長に前書きの執筆を依頼するはずだった。前任の学長とはかなり深い交流あり、日本に招聘したこともあるそうだが、今の学長に変わってからは交流が途絶えてしまったとのこと。始めてコンタクトを取る相手に、いきなりまだ見たこともない辞書の前書きを頼むというのは不可能だろう。どう計算しても、ゲラ刷りが出来上がってから郵送で手元に届くまでに幾日もかかり、それから執筆してもらうのでは、たとえメールで原稿を送ってもらえたとしても印刷までには間に合わない。 そこで「偉い先生の前書き」については半ばあきらめていたのだが、今年に入ってからふとしたはずみに、先代のモンゴル科学技術大学の学長の名前を検索してみたところ、モンゴルの過去のニュースサイトでユネスコに転職したという記事を見つけることができた。 さっそくラテン文字で検索をかけなおしてみると、現在はユネスコのモスクワ支部長をしているということが判明した。メールアドレスも入手することができたので、ダメモトでそのアドレス宛にメールを出して、モンゴル語工学用語辞典を編纂中であること、一部を送呈したいということを書き添えた。 かなり夜遅い時刻だったが、翌朝メールチェックをすると、驚いたことに返信メールが届いていた。なるほど、モスクワは時差があるので、あちらではまだちょうど宵の口といった時刻にこちらからのメールが届いたようである。現在はUNESCOのモスクワ支部長とUNESCO教育IT化研究所長を兼任されているとのこと。 長岡技術科学大学の教授にその旨伝えると、交流の再開を喜ぶメールをやり取りした後、前書きを依頼するメールを送ってくださった。 数日間、その返信がこなくて気もんでいたところだが、今日やっと返事が届いた。ありがたいことに、すでに書きあがった前書きのファイルが添付されていた。 さっそく今日の午後、こちらで日本語訳を作成して大学側に送った。肩書きはUNESCOモスクワ支部長色が付きすぎということで、もうひとつの肩書きであるUNESCO教育IT化研究所長のほうを採用しようという話になった。もちろん、前モンゴル科学技術大学の学長という肩書きも併記する予定だ。 UNESCOのお偉いさんの前書きがつくなんて、ちょっと夢のようだが、ともあれ当初の「工学関係の偉い先生に前書き」を載せるという目標が達成できて嬉しい限りだ。 それにしても、モンゴル人がこうして出世して国際的に活躍していると思うと、日本人である私としても誇らしい気持ちで一杯だ。