モンゴル語では、電話のことをオタスという。このオタスという語は本来は糸を意味する語で、広い意味ではワイヤーなども指す。おそらく電話としての意味は、電話回線のワイヤーのイメージから生じたものなのだろう。とはいえ、電話回線も電話線も電話機も一緒くたにしてオタスと呼ばれる。ちょうど日本語でテレビ放送もテレビ受信機も全てテレビと呼ばれるようなものである。
糸と電話が同じ単語というのはちょっと紛らわしそうだが、たいていは前後の文脈から判断することができる。連絡をとる話をしているときには電話の意味になるし、縫い物の話をしているならば当然、糸の意味になる。それでもどうしても曖昧な場合には、電話は「ヤリダク・オタス(話すためのオタス)」、糸は「オヨドグ・オタス(縫うためのオタス)」、「ユム・オヨホ・オタス(物を縫う糸)」などといって区別する。また、書き言葉では電話のことをテレフォン・オタスという場合もある。テレフォンはそもそも電話のことだし、オタスも電話の意味なので、厳密にいうと意味が重複していることになる。
しかし、やっぱりいろいろと気になることがある。果たして糸電話をモンゴル語に訳すとしたらどう言えばよいのだろう。もし直訳するならば、オトスィン・オタス、すなわち「オタスのオタス」という語になってしまう。いくらなんでも、これではどうもにしまりがないし、モンゴル人には通じないだろう。モンゴル人にもわかるように説明するとしたら、オヨドグ・オトサール・ヒーセン・ヤリダグ・オタスとでも言うしかない。縫うためのオタスで作った話すためのオタス、すなわち糸で作った電話というわけだ。
同様にして無線電話、すなわちワイヤーレス・フォーンも気になる。これも直訳してオタスグイ・オタスなどとやってしまうと、「オタスの無いオタス」となり、まるで禅問答のようなことになってしまう。昔、私が内モンゴルにいたときに、モンゴル人たちが無線機のことをヤリダグ・マシーンと呼んでいるのを見かけたことがある。話すための機械という意味だ。モンゴル国においても、地方の観光地のツーリストキャンプで本部との連絡用にパラボナ・アンテナを使った無線電話で通話しているのを見かけたが、これはアラジオ・オタス、すなわちラジオ電話と呼ばれていた。このアラジオ・オタスという語は、モンゴルの新聞の広告でも使われていた。
無線電話と似たようなものに携帯電話がある。昨今ではモンゴルでも携帯電話が普及しており、携帯電話はガル・オタス、すなわち「手の電話」と呼ばれている。中国語でも携帯電話は手机(手の機械)なので、ひょっとすると翻訳借用語かもしれない。書き言葉では、ウーレン・オタスまたはウーレン・テレフォンなどと呼ぶ場合もある。一見すると、担ぐという意味のウーレフという動詞に関係ありそうに見えるが、まさかモンゴルの携帯電話がそんなに巨大なはずはない。第一、担ぐ電話という意味だったらウーレン・オタスではなくてウールデグ・オタスになるはずだ。あちこち調べてみたところ、細胞という意味のウールという語から来ているようだ。これは英語のcell phoneからの翻訳借用語と思われる。また、ホドゥルゴーント・オタスという語もある。移動式電話という意味で、こちらはmobile phoneからの翻訳借用語だと思われるが、あまりこの言い方は普及していない。
さて、それでは「携帯電話ではなく回線電話の番号を教えてください」などと区別して言う場合にはどうするのかなどと心配する人もいるかもしれない。だが、これもちゃんとソーリン・オタスという語があるので心配要らない。ソーリとは基礎の、備え付けのなどの意味を表す語である。つまり備え付けの電話という意味だ。
なーんだ、つまんない、ちゃんと区別があるじゃないかと思っていたが、最近面白い単語を仕入れることができた。オタスグイ・ホルボーという語だ。無線通信という意味なのだが、文字通りにはオタスのない通信という意味になる。モンゴルの通信関係のサイトで調べてみたところ、無線通信は主に以下の2つに分類できるという。備え付けの無線通信と、動的(モバイル)無線通信である。先ほど、回線電話のことを携帯電話と区別して備え付けの電話と言うと書いたばかりなのだが、では備え付けの無線通信とはなんぞや、ということになってさらに調べてみると、「家庭や職場などで使用される無線通信機器」という説明があった。固定無線電話のことらしい。こんなことを調べているうちに、運良くモンゴル語-英語の情報技術用語辞書のサイトを発見することができた。モンゴル国の情報通信技術庁によるものだ。
http://www.itdic.edu.mn/index.jsp
まだ正式な訳語が定められていないものも少なくないが、インターネット用語、プログラミング用語、通信用語などが網羅されており、はっきり言ってこれはすごい。他の人には秘密にしておきたいほどだ。こんなサイトを発見できたとは、新年早々、なかなか幸先がいいようだ。