モンゴル語の乳製品の名称は、一見すると実に複雑至極に思われるかもしれない。しかしながら、いくつかのポイントさえ押さえれば、比較的分かりやすいのではないかと思う。私も可能な限り理解しやすく記述するよう心がけるが、読んでいる方もそれなりに注意深く読んでいただければ幸いである。
まず、以下にポイントを整理して挙げたので、目を通していただきたい。
a) 乳の加工は主に、脂肪分を分離し、残りのタンパク質を凝固させるというプロセスをとる。
b) 脂肪分を分離する方法には、代表的な2つのやり方がある。
c) タンパク質の凝固方法にも何通りかある。
d) 乳酒には、どぶろくタイプのものと蒸留酒タイプのものがある。
乳製品の加工方法はモンゴル国と内モンゴルでは多少異なる。また、同じものを指していても、方言的差異によって微妙に呼び名が異なる場合もある。モンゴル語についての予備知識として、以下のことを頭に入れておいていただきたい。
・モンゴル国のモンゴル語にはtsとchの音の区別があるが、内モンゴルのモンゴル語ではすべてchの音になる。
・モンゴル国のモンゴル語にはzとjの音の区別があるが、内モンゴルのモンゴル語ではすべてjの音になる。
概して、乳から脂肪分を分離するのは、保存を容易にするためである。分離された脂肪分を精製すると、最終的にバターオイルのようなものが抽出される。これらは中間の加工プロセスが異なっていても、すべてモンゴル語でシャルトスと呼ばれる。
西洋では乳脂肪分を遠心分離によって抽出してバターを作るという方法が一般的だが、モンゴルでは伝統的には遠心分離法は行われない。モンゴルにおける代表的なやり方としては、大まかにみて加熱攪拌法と静置法という2つの方法がある(分類名は筆者が便宜的につけたもの)。
過熱攪拌法とは、乳を柄杓で掬い上げるようにして泡立てながら加熱し、凝固したタンパク質の皮膜の下に脂肪分を集める方法である。この方法で作られたものをモンゴル語でウルムと呼ぶ。ウルムはこのままで食べることもできるし、シャルトスなどの原料にもなる。この方法は、現在のモンゴル国において最も一般的な手法である。
静置法とは、生乳を静置して上澄みのクリームラインを集める方法である。このクリーム状のものは、内モンゴルのモンゴル語でジョーヘェと呼ばれる。分離するまでの間に乳酸発酵も同時に進んでいるので、やや酸味がある。このままで食べることもできるし、シャルトスなどの原料になる。モンゴル国において、静置法はほとんど行われない。モンゴル国のモンゴル語でジョーヘェに相当する語はズーヒーだが、全く別のものを指す。
これらの残りのタンパク質を凝固させ、乾燥させるとチーズが出来上がる。西洋のナチュラルチーズでは、乳酸発酵させた乳にレンネット(凝乳酵素)を加えて凝固させるという方法をとるが、モンゴルではレンネットは用いない。乳酸の力を借りる点は一緒なのだが、加熱によって凝固させるという点が異なる。モンゴルのチーズは塩味をつけない、熟成させないというのも大きな特徴だ。
凝固させる材料となる乳としては、主に以下のものがある。
・[乳酸発酵+アルコール発酵]した脱脂乳
・[乳酸発酵+アルコール発酵]した全脂乳
・乳酸発酵した脱脂乳
・全脂乳+酸乳
・脱脂乳+酸乳
これらの原料となる乳の種類と、その後の処理の仕方によって、様々に異なる風味のチーズが作られる。モンゴル語でそれらは別々の名称で呼び分け、区別されている。理論的には、この他にも脱脂していない乳酸発酵乳からもチーズは作れるのではないだろうか。構造主義をかじったことのある人間としては、ちょっと気になるところである。まあ、その辺の細かいツッコミは後にして先に進もう。
モンゴル国では、前述のウルムを作った残りの脱脂乳をボルソン・スーと呼び、それを乳酸発酵させて生乳を加えて攪拌するという工程を経て、「脱脂した乳酸発酵+アルコール発酵乳」を作る。多くの場合、このプロセスに用いられるのは牛の乳であり、いうなれば牛乳で出来たどぶろくのようなもので、アイラグと呼ばれる。
モンゴル語では、もともと乳で作られたどぶろくのような酒を総称してアイラグと呼んでいる。だから、牛乳で作られたどぶろくは「ウネーニー・アイラグ」、馬乳酒として有名な馬の乳で作られたどぶろくは「グーニー・アイラグ」なのである。しかしながら、単にアイラグと言ったならばふつうは馬乳酒を意味するという点に注意しなければならない。
いよいよ説明が佳境に入ってきたが、続きはまた明日。