今日、モンゴルの乳製品についての資料をあさっていたら、田中克彦教授の論文を入手することができた。『一橋論叢』(1977)に掲載の「モンゴルにおける乳製品を表す語彙について」というもので、下記に示したURLにおいて公開されている。
http://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/11636/1/ronso0770300390.pdf
論文の趣旨としては、梅棹忠夫「モンゴルの乳製品とその製造法」(1955)が、画期的かつ従来の研究のうち最も優れたなものである点を評価した上で、モンゴル国において発表された論文を参照しつつ梅棹論文の説明内容に疑問を投じ、さらに自ら考察にを行って、より合理的な説明付けを試みるというものである。
まず田中教授は、モンゴル語においては乳製品の加工法が動詞によって細かく区別されている点に注目し、出来上がった製品を中心としてではなく、工程を中心とした系統化を提唱している。
最終的に、モンゴルにおける乳加工を抽象化、簡略化して説明していくと、p19の2・4のような図としてまとめられるという。認知科学的な言い方をすれば、「スキーマの抽出」を試みたわけである。田中教授は言語哲学的なものの考え方をする人物であるし、同論文中ではパラダイムという用語が使われている。だから、あえて言語学的、哲学的に言うならば、「乳加工におけるパラダイムの発見」とでもいうべきか。
この論文は、ある程度モンゴル語に詳しい人でなければ、読んでもさほど面白いものではないかもしれないが、多少なりともモンゴル語に首を突っ込んで、乳製品の用語の複雑さに頭を悩まされたことのある人が読めば、学術的な興味を十二分に満足させられる(ぶっちゃけて言えば、分かる人が読めば、めっちゃめちゃ面白い論文なのだ)。
残念ながら、田中克彦氏は言語学の研究者らの間ではあまり高い評価を受けていない。その原因のひとつとして、記述言語学的な研究をあまりしてこなかったことが挙げられる。あまりにも高度な抽象化を好むあまり、個々の言語現象を軽視する態度が言語学者達の不評を買っているようだ。さりとて、現在の言語学界における一大潮流ともいうべき理論言語学からも一線を画す態度を取っている。それ故、田中教授の著作だけを読んで、言語学が分かったような気分になることはお勧めできない。
このようにいろいろと批判材料はあると思うが、主に若い頃に氏が精力的に行った研究の業績はそれを補って余りあるし、氏が一流の言語学者、モンゴル学者であることには変わりない。付け加えていうならば、言語学の真髄とは、一見無秩序で雑多な表面的な言語現象から、その奥に隠れた規則性および抽象的な構造を見出すことにある。