モンゴル人と切っても切れない関係にあるものとして、乳製品が挙げられる。モンゴル語では乳製品のことをツァガーン・イデーといい、白い食べ物を意味する。最近では、「モンゴルには乳製品が60種類ある」という話がまことしやかに伝わっているようだが、その実態についてちょっと検討してみたい。

モンゴルの食べ物のうち、乳製品についてはずいぶん古くから文化人類学者、歴史学者、乳製品研究家らの関心を惹き、まだまだ研究の余地はあるものの、かなり研究が進んでいるといってよい。当然のことながら文献の数も豊富だ。私も今回、この「モンゴル人の味覚」の続きを執筆するために専門書を2冊ほど買い足した。確かまだ実家にも、内モンゴルで出版されたモンゴルの乳製品に関する書籍があったはずなのだが、今回は都合で参照が間に合わなかった。また何かの折に、補足的な説明をする際に利用させていただこうと思う。

さて、前述の「モンゴルには乳製品が60種類」との説についてだが、おそらくは越智猛夫『乳酒の研究』(八坂書房, 1997) において引用されている金世琳氏の講演資料「内モンゴル伝統乳製品」での分類に端を発しているのではなかろうか。これは、「内モンゴル伝統乳加工経路図」として、乳製品を加工方法によって区分した樹形図のようなものに、1から60までの番号とモンゴル語名を付したものである。さらにこの図には、モンゴル語名と日本語カタカナ書きによるその発音、および解説をつけた対応表が附せられている。

なるほど、これによれば確かに乳製品を表す語として60語が挙げられている。しかしながら、よく見ると、純粋に乳製品と呼ぶには疑問ともいうべき名称も含まれている。モンゴル茶(乳茶)などがそうであるし、穀物と乳製品を混ぜたものなどはどちらかという乳製品を使った料理というべきだろう。また、「ハタスン エオツギ(注:標準語ではハタスン・エーツギー)」と記述のあるものに関しては、ハタスンは乾いたという意味のモンゴル語であり、完全にエーツギーとは別の食品であるとは言いがたい。ではいったい、日本の大根と切干大根や、柿と干し柿は同じ食品なのかと言われれば確かに困るが、ここでは単にある乳製品を乾燥させて「ハタスン」という語を冠しただけのものは、同じ食品として扱うことにしたい。

さて、そんなこともあって昨日は1日がかりで、諸資料をもとにモンゴル語の乳製品をまとめた表を自分なりに作成してみた。キリル文字のモンゴル語表記、モンゴル文字のモンゴル語表記、カタカナによる日本語読み、定義を対応表にしたものである。なお、資料の中には、私自身が現地の遊牧地域で聞き取りしたときのメモも含まれている。ここで腐心したのは、モンゴル国のモンゴル語と内モンゴルのモンゴル語との間の方言的な差異である。確かに国は違えども同じモンゴル人によって話されている言葉であるから、乳製品の名称も大まかには一致しているのだが、中には微妙にその指し示す意味が異なっていたり、全く別のものを指したりする語もあるのだ。内モンゴルでは日常的に用いられている語でも、モンゴル国ではほとんど使われていないような語もあるのだ。逆もまたしかりである。

いろいろと検討した結果、純粋に乳製品名というべき独立した名称は、せいぜい25語程度ではないかという結論に達した。小長谷有紀『世界の食文化-3 モンゴル』(農文協, 2005)にも、「微生物学的な見地からモンゴルの乳加工を検討すると、モンゴルの乳製品はほぼ30種であり、そのうち日常的なものは10数種類におよび、現在ほぼ毎日食べられているものは5種類前後である」との記述がみられる。これはモンゴル国、内モンゴルの別を問わず、おおむね実情に一致している。さらに、野沢延行『モンゴルの馬と遊牧民』(原書房, 1991)によれば、「乳製品はさまざまな工夫をこらし、全部で23種類くらいに作られている」とある。これらを総合して考えると、モンゴルの乳製品は約20数種類と言ってよいだろう。