モンゴルの友人が滞在中に、しばしばモンゴル料理の味付けが単調だということが話題になった。彼女はなかなかの親日家で、モンゴルに住んでいる日本人ともわりと交流があるらしいのだが、モンゴル料理の作り方を聞かれることがままあるという。一通りの作り方を説明するものの、味付けについて、ただ「塩を入れる」と教えると、「それから?」と聞き返されて答えに窮してしまうというのだ。日常的に利用されている調味料は、塩とこしょうぐらいなのだから仕方がない。良くいえば素材の持ち味を生かして料理するということだが、とにかくスパイス類の強い味と香りには慣れていないのである。 ところが、そんなモンゴル料理にも最近では変化が訪れようとしている。インスタント調味料の出現である。 「最近ではモンゴルではボーズ用の調味料っていうのが売られているのよ。」と彼女は言った。一瞬私は耳を疑って、「うっそ~!ボーズってただ塩を入れるだけじゃないの」「ホント、ホント。ボーズだけじゃなくて、ホーショール用とか、バンシ用とか、いろんな料理用の調味料が売られてるんだから」という会話が交わされた。しかも、それを入れて作ると、お料理がとってもおいしくなると評判なのだそうだ。 モンゴル人にとっての料理がおいしくなる調味料とは、いったいどんなものだろうか。当然のことながら興味を持った私は、帰国してから郵便で送ってもらうように頼んでおいた。 先日、その例の「モンゴル料理の素」が届いた。ホーショールの素、バンシの素、ボダータイ・ホールガの素、ツォイバンの素、ゴリルタイ・シュルの素の計5種類が3袋ずつ入っていた。なぜかボーズの素は入っていなかったが、たまたま品切れでもしていたのだろう。 なるほど、とにかくこれはすごい。せっかくだから、私一人だけで楽しむのはもったいないので、つい最近ネット上で知り合いになった「Foods of the world」というサイトの管理人をしている方に1袋ずつをおすそ分けさせていただいた。http://www.geocities.jp/foodsoftheworld/index.html 外国の「料理の素」を専門にあつかったホームページで、国ごとのインスタント調味料の写真とそのメーカー名や作り方の解説、原材料名、実際に作ってみた料理の写真などが載せられている。嬉しいことに、すでにモンゴルのページでホーショールの作り方も紹介されていた。ホームページを拝読したところ、トルコ料理の素などもトルコ語の辞書を片手に表記されている原料を調べたりと、非常なバイタリティーの持ち主である。 送ったモンゴル料理の素はとても喜んでいただけたようだ。わざわざそのために、モンゴル料理の作り方をこれから猛勉強してくれるとのことで、頼もしい限りだ。そのうちに、できあがったモンゴル料理の写真やコメントが掲載されるであろう。とても楽しみである。
モンゴル人と日本人の共通点として、食べ物を無駄にしないことを美徳とする点が挙げられる。およそ肉を食べるということはその動物の命を奪うことを意味するが、折り角犠牲になったその命を無駄にはせず、ほとんどの部位は食物として有効に利用される。食物として利用しきれなかった部位も、さまざまな日用品として加工される。 モンゴル語には「明日の脂身は今日の肺臓に及ばない」ということわざがある。明日になってご馳走である脂身をもらうよりは、今日中に肺臓をもらったほうがましという意味である。時機を得ていなければどんな価値のあるものでも意味がないという喩えだが、このことわざから、モンゴル人にとって最もご馳走なのは脂身であり、逆にそうでないのは肺臓だという事実がうかがえる。肺臓というは、いわば体内に入ってくる空気をろ過する働きをする器官であり、あまりおいしくないのは当然だろう。そうした部位ですらも、一応食べ物として認識されているということだ。 もっともらしいことを書いたが、実は私は内臓料理についてはあまり詳しくない。調査などのため、しばらくモンゴルの遊牧地域に滞在していたことはあるが、一介の客人にすぎなかった私は、ほとんど内臓を食事に出されることはなかった。単に滞在期間が短かったのか、現地の人たちも実際にはあまり食べないのか、お客にはあまり内臓を食べさせる習慣はないのか、その辺の事情は不明である。ともかく、数少ない記憶を呼び起こして、知る限りのことを記述したい。 腸を使った料理はかなり記憶にある。私の大好物は血のソーセージである。と殺するときに出る血液も捨てずにとっておいて、そば粉や小麦粉、ねぎなどを混ぜ、よく洗った腸の中に詰めて茹で上げる。現地に行ってもなかなか遊牧地域まで行かないと口にすることはできないが、機会があったら食してみられることをお勧めする。大草原の息吹が感じられる一品である。 内モンゴルの西ウジュムチンにいた頃、胃の料理をご馳走になったことがある。旗(行政単位名)の中心にあるお宅でだが、たしか中華料理のような炒め物だったと思う。 内臓というわけではないが、睾丸を食べたこともある。同じく西ウジュムチンの遊牧地域のお宅に滞在していたときのこと、春先に子羊を種羊とそうでない羊に選り分けて、去勢する作業が行われていた。そのときに出た睾丸は、炒め物にしてその日の夕食となった。あまり好んで食べたい気分ではなかったが、何かというと人前では「オイシイデス、オイシイデス」を連発して、冷や汗をかきながらもニコニコと料理を食べるよう厳しくしつけられた日本人であった私は、食べながらモンゴル語でさもとってつけたように「おいしい」と言ったのだが、モンゴル人の奥さんはなんとも複雑な表情をしていた。 牛肉の硬くて食べられない筋の部分は、煮凝りを作るのに利用される。モンゴル国の遊牧民のお宅で、旧正月の年越しの日に作られたご馳走で、「ストゥージン」とロシア語で呼ばれていた。四角く切ってお皿に並べ、ザクースキー(ロシア語でオードブルの意)としゃれ込んでいた。実家に帰った折にその話をしたら、「ずいぶん文化レベルが高いね」と父がしきりに感心していた。モンゴル語に固有の煮凝りを指す単語があるのかどうかは知らないが、このストゥージンもわりとポピュラーな料理であるようだ。ただしこれも、口にできるのは遊牧地域限定である。 羊の頭なども小刀を片手に肉をこそげとって食べる。慣れないとちょっとぎょっとするが、日本でも大きな魚の頭を食べたりするので、その感覚なのだろう。日本に留学しているyanzagaさんのブログ(モンゴルのいろいろhttp://blog.goo.ne.jp/yanzaga)によると、特に目玉がおいしいのだという。また、どのようにして食べるのかは知らないが、脳みそなども利用されているようだ。 骨付き肉はすべて肉をこそげとって食べるだけでなく、骨をかち割って骨髄の部分まで食べることがある。まさに「骨の髄まで」である。ここまでして無駄なく食べつくされれば動物の命も浮かばれようというものだ。あるいは、ひょっとしてそう考えるのは我々日本人やモンゴル人だけなのだろうか。一切の殺生を禁ずるインドのジャイナ教徒の人や、捕鯨しておいて油だけとって捨ててしまうことで有名なアメリカ人がいたらちょっと聞いてみたい気もするが。いや、ちょっと話が脱線してしまった。
モンゴル料理の主食は何か?この質問はちょっとやっかいである。日本語でいう「主食」という概念は、エネルギーの供給源として主に摂取される炭水化物のことであって、通常はお米、パン、麺類などがイメージされる。そういう意味で、正確にはモンゴル語には主食に相当する概念はないが、多くのモンゴル人は「我々は主に肉と小麦粉を食べている」と言う。では、小麦粉が主食で肉がおかずなのかといえば、それもちょっと違う。モンゴル料理ではあくまでも肉が主役であり、小麦粉はせいぜいその相手役ぐらいにしか過ぎない。 とはいえ、モンゴル料理ほどに小麦粉の用途が多様な料理は珍しい。日本では小麦粉の用途というとせいぜいがうどんなどの麺類かパンやお菓子、あとは天ぷらにすいとんぐらいなものだろう。 モンゴル料理のうち、小麦粉で肉を包んで作られたものの類はビトゥー・ホールと呼ばれる。ビトゥーとは隠れたとか閉じたという意味で、ボーズ、ホーショール、バンシがこれに含まれる。来客時にはこれらのビトゥー・ホールを作ってもてなすことが多い。特別な料理でもあるが、日常的な家庭料理でもあり、町の大衆食堂でよく食べられる料理でもある。 ツォイボンというモンゴル式焼きそば、肉入りの煮込みうどんなども大変ポピュラーな料理だ。マントウという蒸しパンも野菜のスープのつけ合わせとしてよく食べられる。中華料理では扁平なものや半球状のものは饅頭(マントウ)と呼ばれ、くるくると花のように巻いて作ったものは花巻として区別するが、モンゴルではいずれもマントウと呼ばれる。また薄く平たくした生地を四角く切ってゆでたパスタのようなものもある。主にゆで肉のつけ合わせとして食される。 モンゴル人がよく「金メダルの料理」と呼ぶものに、バンタンという料理がある。作るのが簡単だから金メダルなのだろう。小麦粉にごくごく少量の水をかけ入れてかき混ぜ、ちょうどアフリカのクスクスのようなダマダマにする。これを細かく切った肉入りのスープで煮て食べる。友人がうちで作ってくれたところ、我が家のナイR氏が「あれっ、まだうちにクスクスの買い置きって残ってたの?」と聞いたので、手作りだよと言ったらちょっと驚いていた。 これらの料理以外に、乾いた食べ物(ホーライ・イデフ・ユム)と呼ばれるものがある。ボーブ、ボールツァグ、ガンビルなどといった、揚げパンとお菓子の中間のような存在だ。家庭で自分で作る人もいるし、都市部ならば近所の食料品店で買うことができる。朝ご飯、ときにはお昼ご飯もこれらとお茶だけで済まし、料理を作るのは夕ご飯だけという家庭も少なくない。 モンゴル国では、朝ご飯やお昼ご飯としてパンもよく食べられている。都市部ではお店で買うのが一般的だが、遊牧地域ではたいてい自分で焼く。オーブンがなくても鍋などを竈にかけて器用に焼いてしまう。都市部で売られているパンにはロシア式の黒パンもある。ちょっと酸味があってオツな味だ。内モンゴルではあまり食事としてパンを食べる習慣はない。どちらかというと子供のおやつ程度の感覚のようだ。モンゴル国においても内モンゴルにおいても、日本人が好むようなふにゃふにゃ、ねちゃねちゃ・・・失礼、ふわふわ、もちもちとした食感のパンは少ない。モンゴル国のパンは中身がつまってゴツゴツしているし、内モンゴルで売られているパンは一応フランス式を標榜しているらしいのだが、なぜか乾いてパサパサしている。 お米はあまり中心的な位置付けではなく、お年寄りの中には「身体を冷やす性質がある」といって嫌う人もいるが、それなりに食べられている。ボタータイ・ホーラガという料理があり、肉がたっぷり入ったチャーハンのようなもの、または肉と野菜を炒めたものにご飯をそえたものを指す。ご飯と具を別々に盛り付けるのは近代的なスタイルだという。日本人に馴染みのないものかもしれないが、この他に乳の粥がある。乳は主に牛乳で、塩と砂糖を入れてお米を煮る。お粥といってもドロドロのものではなく、スープ状である。お米と牛乳と砂糖という組み合わせを奇異に感じられる人もいるかもしれないが、実は英語ではライス・プディングと呼ばれ、世界各国に存在する。また、炊いたご飯にシャルトス(モンゴルバター)と塩と砂糖を混ぜたものなどもある。 モンゴル語でフーフディーン・ボター(子供用の穀類)、またはロシア語でカーシと呼ばれるものもある。粗挽きの小麦、つまりセモリナのことだ。これも乳の粥と同様にオートミールのようにして食される。乳の粥やフーフーディーン・ボターは離乳食としても利用されている。まれに、はったい粉を食べることもある。内モンゴルでは粟が非常に好まれている。モンゴル茶に入れたり、ジョーヒーと呼ばれる生クリームのようなものに混ぜて食べたりする。この他に、内モンゴルではモンゴルに自生するそば粉を使った料理もある。掌と指先を使ってくるっと平たくしたモーリン・チフ(猫の耳)と呼ばれる料理などだ。
太古から遊牧を生業としてきたモンゴル人にとって、伝統的に油脂はご馳走であり、富の象徴でもあった。概してモンゴル人はこってりした味付けを好むようである。モンゴル料理を口にした日本人は、油っぽいという印象を抱くことが多い。 元来、モンゴルで食されてきたのはほとんどが動物性油脂だった。良質な牧草と天候に恵まれて丸々と肥えた家畜にほどよく付いた脂身は、肉の赤身部分よりもご馳走とされる。さらにその脂身を加熱することによって油が得られる。家畜の乳(主に牛乳)からも、シャルトスと呼ばれるモンゴル式バターが作られる。乳を加熱攪拌して乳脂肪分を分離させることによってウルムと呼ばれる乳製品を作り、さらにそれを加熱するという複雑な工程を経て作られる貴重品である。主にモンゴル茶に浮かべたり、パンにつけたりして食される。 近年、特に都市部においては、料理に使われる油はほとんど植物性油となっている。シャルトスなども、遊牧地域にいる親戚から送ってもらうなどしなければ入手困難であり、代わりに輸入品のマーガリンが日常的に用いられている(内モンゴルでは工場生産されたシャルトスを購入することができるし、マーガリンを食べる習慣はない)。脂肪の摂りすぎは健康によくないとの認識が広まりつつあるようだが、脂身は依然として好まれている。 我が家にモンゴルの友人が滞在していた時のこと。サラダを作ろうとしたら、冷蔵庫にはノンオイルタイプのドレッシングしか入っていなかったので、買い物のついでにドレッシングも別の物を買い足した。シーザーサラダ用のドレッシングだ。こってりしていて、ほんのりチーズ味で、いかにもモンゴル人が好きそうである。これでシーザーサラダを作り、好物のチーズとコーンをトッピングしたらこれがバカウケで、彼女のお気に入りメニューの一つとなった。ノンオイルタイプの酸っぱいドレッシングだったら、こうまでは受けなかっただろう。
モンゴル国の都市部で一般的に手に入る野菜は、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、キャベツである。この他、トマトとキュウリもサラダに用いられる。近年ではピーマンも手に入りやすくなっている。以前は黄色いカブもよく食されていた。ちょうどジャガイモとカブの中間のような食感で、ホクホクとしておいしいのだが、最近では「あんなものは家畜の食べ物だ」と言われ、皆食べなくなったという。ボルシチの材料でおなじみのビーツ(赤カブ)も、日本に比べると手に入りやすい。モンゴルでもボルシチはしばしば食卓に登場する。この他にもウランバートルにあるメルクールなどの市場に行けばナス、大根、白菜、各種の葉物野菜、乾燥豆といった野菜も手に入るが、あまり鮮度はよくない。こうした市場はやや割高であって、一般庶民はほとんど近寄らない。そのため、これらの野菜を見たことはおろか、名前すら知らない人が多い。 モンゴル国の遊牧地域では、野菜は非常に手に入りにくい。手に入るとしてもせいぜい2~3種類で、日々の食事には野菜を全く使わないということも珍しくない。もともとあまり需要がない上に、保存や運搬にもコストがかかりすぎるのだろう。遊牧民は概して野菜を好まないが、すべての人がそうだというわけでもない。遊牧民が街に出てきたとき、野菜を食べたがるという話も聞いたことがある。調味料の項で述べたように、野生のニラやネギを食べることもあるが、使われるのはほんの味付け程度の僅かな量である。 内モンゴルの都市部では野菜は豊富である。とりあえず一通りの野菜は揃うし、日本では見かけないような野菜もたまに売られている。これらの各種野菜を使った中華風の野菜炒めは日常的に食されている。内モンゴルの人は、どちらかというと玉ねぎやキャベツのような洋野菜よりは長ねぎ、白菜などを好むようだ。このため、モンゴル国とは違って、ボーズ、バンシなどのモンゴル料理に玉ねぎを使うことはほとんどない。最もよく使われるのはニラで、その他、白菜、ニンジン、長ねぎなどである。 内モンゴルの遊牧地域では、野菜はやや手に入りにくいが、好んで食べられているようだ。春先の乳製品や肉の蓄えが枯渇した時期など、中華風に野菜炒めと米飯で食事をすることもある。遊牧民のお宅に行くときに、手土産に野菜を持っていくと喜ばれるという。トマトなども村の中心で手に入るが、どちらかというと高級品扱いされている。
モンゴル料理の代表格といえば羊肉である。それも特別な事情がある場合を除き、食されるのはラムではなくほとんどマトンのみだ。モンゴルには、成長しきっていない動物を食べる習慣はない。 モンゴルで一般的に飼われている家畜は、馬、牛、ラクダ、羊、山羊の五畜であり、これらはいずれもモンゴル料理の材料になる。モンゴル国、内モンゴルのいずれにおいても、また都市部、遊牧地域を問わず、羊の次に好まれるのが牛肉である。馬肉も好まれるが、身体を温める効果があるとされ、夏場の食用には適さないという。また、内モンゴルでも馬は食されるが、一部の地域ではタブーとされる。ラクダ、山羊の肉はさほど好まれない。 都市部では豚肉、鶏肉、魚などを食べることもある。特に内モンゴルの都市部では豚肉は日常的に食材として利用されている。ただし、鶏肉や魚はどちらかというと高級食材であり、普段はめったに口にすることはない。そのため、ご馳走というイメージを持つ人もいれば、食べつけないので好まない人もいる。ただし、缶詰の魚は比較的手に入りやすいようだ。なお、モンゴル国においても内モンゴルにおいても、スープには豚肉を使いたがらない。 魚が好きなモンゴル人でも、イカやタコなどの軟体動物、エビやカニなどの甲殻類は苦手である。市場ではドイツ製のキャビアなどが売られているが、魚卵も食べられる人は少数派のようだ。
《訳語類解》《同文類解》《蒙語類解》は李朝時代に外交実務と通訳官養成のための外国語教育を管掌した司訳院から刊行された漢語、満州語、蒙古語辞典である。 以下のサイトに、福田和展「《訳語類解》《同文類解》《蒙語類解》の漢語見出し語の異同について : 司訳院類解辞書中の漢語について(その2)」という論文が掲載されている。全文をPDFにて閲覧することができる。 http://ci.nii.ac.jp/naid/110000961942/
モンゴル料理の醍醐味といえば、大きな骨付き羊肉の塩茹でであろう。調味料は基本的に塩だけ。いたってシンプルであるが、羊肉そのもののうまみで、ゆで汁も濃厚な出汁が出て美味しい。羊が豊富なモンゴルならではの料理である。 その他にも、ボーズ、ホーショール(内モンゴルではシャルビン)、バンシなどの羊肉を使った料理が豊富だ。材料は羊肉と小麦粉と少量の野菜。味付けはこれも基本的に塩だけである。 ただし、全てのモンゴル人が羊肉だけを食べているかというとそうでもなく、また塩味だけかというとそうでもない。 モンゴル国の都市部では、ロシアの影響もあってヨーロッパ風の味付けが好まれるようだ。最も多用される調味料は塩、胡椒だが、他にマヨネーズ、ケチャップ、固形コンソメ、ローレルの葉などがよく使われる。ツォー(モンゴル語でソースや醤油を指す語)と呼ばれるチェコ製のソースも一般的だ。稀にキャベツのサラダを作るときなどに酢、砂糖も利用されるが、極端に酸っぱい味付けは苦手なようで、料理に砂糖を入れることもほとんどない。また、概して辛い味付けは好まれない。たまに唐辛子を使用する人もいるようだが、ごく少数派であろう。スパイス類も苦手のようだ。ただし、ハーブにはさほど抵抗がないようである。モンゴルで売られている固形コンソメ(ロシア製?)には少量のハーブが含まれているし、モンゴル人が好むピクルスもハーブ味だからだと思われる。また、にんにくも比較的よく使われる。しょうがの乾燥粉末も市場で手に入るが、さほど一般的ではない。 モンゴル国の遊牧地域では、手に入る調味料は非常に限られている。ほとんど塩味だけか、たまに客人が来たときに食卓にケチャップが登場するぐらいである。それ以外の味付けにあまり慣れていないということもあるようだ。たまに野生のネギ、韮などが薬味的に使われる。 内モンゴルの都市部では中華料理の影響が強い。醤油、味噌、胡麻ペースト、黒酢、唐辛子などが多用される。生のしょうが、にんにくがよく使われるのも特徴である。たまに砂糖も使われる。スパイス類としては、中華料理でおなじみの五香粉、花椒などが好まれる。逆に胡椒はほとんど使われない。フフホトなどでは新疆出身者が屋台を出して串焼きの羊肉が売られているが、これに使われているクミンなどのスパイスにもあまり抵抗がないようである。ただし、モンゴル人自身が料理をするときにこれらのスパイスを使うことはない。ケチャップやマヨネーズなどは全く使われないといってよい。内モンゴルの都市部では中華料理を食べることが多いが、ボーズ、シャルビン、ベンシ(モンゴル国ではバンシという)などの民族料理であっても、様々な薬味や調味料を入れて味付けすることがある。味付けの仕方は同じ内モンゴルの都市部でも地方により、家庭により様々だが、醤油、五香粉などを入れて作ることが多いようだ。 内モンゴルの遊牧地域では、モンゴル国の遊牧地域と比べると人口が密集しているとはいえ、やはり買い物は不便である。そのため、調味料も都市部に比べると限られている。中華料理を作っても塩味だけということもある。乳製品が調味料的に使われることもある。煮込みうどんに発酵乳やミルクを入れたりする。日本人の感覚では奇異に感じられるかもしれないが、クリームパスタの類と考えれば納得できるだろう。地方により、生クリームの一種(ジョーヒーと呼ばれる)を使って煮込んだパスタ料理のようなものも存在する。
モンゴル料理は簡単か?答えはイエスでもあり、ノーでもある。 モンゴル料理を作ろうとするならば、まずは小麦粉をこねるところから始めなければならない。出来合いの乾麺や春雨を使った料理も存在するが、大部分は小麦粉生地で作られる料理である。 肉もスライス肉やひき肉など売られていない(内モンゴルではひき肉は比較的手に入りやすい)ので、牛だったら大きな塊肉、羊や山羊だったら骨付きの脚一本などを自分でさばかなければならない。ひき肉は自分で細かく切るか、ミンチ器があればそれを使う。しかし、モンゴル料理の持つ本来のおいしさを引き出すには、機械ではなく手でひき肉にしたほうがよいとされる。 遊牧地域に行けば、肉の調達も家畜をと殺するところから始めなければならない。と殺は通常男性の仕事だが、女性には内臓をより分けて洗い清めたり、大きな骨付きの肉をさばく仕事が待っている。数日間で食べきれない量ならば、肉を細長く切って吊るして乾燥させたり、凍らせたりして保存する。塩漬けにする地域もある。もっとも、モンゴル国の遊牧地域では牧地がよく家畜が豊富なので、数日に一頭の割合で家畜を消費することも珍しくないという。 遊牧民のお宅では、朝起きたら一番に主婦が竈に火をくべる。モンゴル茶を沸かすのである。燃料は乾燥した牛糞(樹が豊富な地域では薪)だが、これだけだと火がつきにくいので、小枝などを拾ってきてナイフで細かく裂いて火を起こす。私事で恐縮だが、私の左人差し指には目立たない程度ではあるものの、切り傷の痕が残っている。10年前に竈に火をくべる手伝いをした時のものだ。 モンゴル茶の材料となるミルクも、遊牧地では当然のことながら自分で搾らなければならない。これは通常女性の仕事だ。映画やドキュメンタリー番組などで見ているとシャーシャーと簡単そうにみえるが、これも慣れるまではなかなかコツが要る。まず放牧されていた母牛達を連れてきて、柵の中からその子牛を一頭ずつ放し、ちょっとだけ乳を吸わせてから力任せに子牛を引き離して柵などに括り付け、その隙に乳絞りをする。まず子牛に吸わせてからでなければ乳の出がよくない。残酷なようだが、人間が乳絞りをしないと乳を飲みすぎて子牛がお腹をこわすこともあるのだという。最後にもう一度子牛を放して今度は思う存分乳を吸わせる。 なお、都市部では近郊から売りに来たミルクを買うか、工場でパック詰めにされたものを買うことができる。内モンゴルでは脱脂されていない粉ミルクが出回っていて、どこの家庭でもよく利用されている。 もう一つ大切なことが残っていた。水汲みである。都市部でこそ水道が完備されているが、遊牧地域では川や井戸に水汲みにいかなければならない。家族総出でラクダ車にブリキの桶を積んで汲みに行くお宅もあるし、一人でバケツをぶら下げてえっちらおっちら運ぶこともある。川や井戸まで10分近くかかることもあり、かなりの重労働だ。 小麦粉、塩、茶葉などは自給自足というわけにいかないので、村の中心まで行ったときに買い込んでおくか、行商人がやってきたときに買うなどする。小麦粉は10kg単位で布袋に入って売られている。 モンゴルの遊牧地域では、これらの下準備全てができてこそ、主婦として一人前である。都市部ならば最低限、小麦粉をこねて肉をさばくことができなければならない。こう書くと、モンゴル料理は恐ろしく難しいもののように思われるかもしれないが、それはとっかかりだけである。基本をマスターさえしてしまえば、あとは胸がすく程に単純明快な世界が広がっている。
モンゴル料理を大別すると、モンゴル国の料理、内モンゴルの料理に分けられる。さらに、それぞれを都市部の料理、遊牧地域の料理に細分することができる。 (a) モンゴル国の都市部の料理(b) モンゴル国の遊牧地域の料理(c) 内モンゴルの都市部の料理(d) 内モンゴルの遊牧地域の料理 幸いにも私はモンゴル国、中国内モンゴルの両方とも長期滞在の経験があるし、都市の生活も遊牧地域での生活もそれぞれ体験している。そこで、これまでの見聞を踏まえて、モンゴル料理について述べていきたい。 ここで便宜的に「都市部」、「遊牧地域」と分けたが、実際にはモンゴル語における「都市部(hot)」の対立概念は「田舎(hodoo)」である。ただ、日本語で「田舎」というとどうしても農村をイメージしてしまうし、「田舎くさい」などの差別的なニュアンスも含まれてしまう恐れがあるので、ここではあえて「遊牧地域」とした。県や村の中心に住んでいる人々は遊牧を行っているわけではないが、自宅で牛を飼っていることも多く、女性の県庁職員が朝の出勤前に乳搾りをしていくなんて話も聞いたことがある。乳製品や肉類は都市部に比べると豊富だし、手に入る野菜や調味料も限られている。そこで、広い意味での酪農文化圏ということで、遊牧地域に分類しても差し支えないと思う。