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Category: モンゴルの食べ物

モンゴル人の味覚(11)

牛乳から作られるどぶろくは、馬乳酒とはやや製法が異なっており、とても酸っぱくてそのままでは飲めない。その多くは蒸留酒の原料となる。逆に馬乳酒を蒸留することは稀である。馬乳酒はそのままでも十分飲用に適しているからなどの理由による。 中央アジアには馬乳酒を作る習慣を持つ民族が多数存在するが、世界広しと言えども、乳から蒸留酒を作る技術を持っているのは、おそらくモンゴル人だけではなかろうか。しかも、驚くべきことに、お酒の蒸留はチーズの製造というプロセスと表裏一体となって進められるのである。 蒸留して作られたお酒はモンゴル語でシミン・アルヒという。シムとは栄養、エッセンスなどを意味する語で、アルヒとはお酒のことである。蒸留の際に出来る酒かすのようなものはアルツといい、最終的には水気を切って乾燥させ、アーロールという名のモンゴルチーズへと加工される。 モンゴル国では、チーズといえば真っ先に頭に浮かぶがこのアーロールだが、内モンゴルではホロートという語がチーズ一般を指す名称としてよく使われる。内モンゴルにもアーロールという名称はあるが、耳にすることは稀だ。内モンゴルのモンゴル語にはts音はないので、ts→chとなり、したがってアルツはアルチという発音になる。したがって、アルツから作られたチーズはアルチン・ホロートといい、酸っぱいホロートという意味のフチテイ・ホロートとも呼ばれる。おおむねモンゴル国のアーロールと内モンゴルのアルチン・ホロートは似たようなものだが、元となる乳のどぶろくの製法が微妙に異なるため、全く同義というわけではない。 内モンゴルでは、乳のどぶろくの蒸留とは別のプロセスによって、酸っぱくないチーズの方がむしろ盛んに作られている。静置法によりジョーヘェを分離させるということはすでに述べたが、その下に溜まった脱脂乳も自然に酸敗して、エードスン・スーという乳製品になる。これを加熱してタンパク質を凝固させ、水分を切って乾燥させるとスーン・ホロードというチーズが出来上がる。モンゴル国では静置法は行われていないので、当然のことながらこのスーン・ホロートは作られない。 この他モンゴルには、ビャシラグという軟質チーズや、エーツギーという硬質チーズなどがある。ビャシラグは乳脂肪分を含んだまま作られることが多く、日持ちしない。エーツギーは乳清を除去しないまま煮詰めて作ったものである。 モンゴルの乳加工のうち、柱ともいうべき乳脂肪分の分離、脱脂乳や乳酒とチーズ製造の関係について、やや駆け足で見てきたが、だいたいのところはお分かりいただけただろうか。もちろん、ウルムの具体的な製法、どぶろくタイプの乳酒の多様な材料、馬乳酒の発酵原理、蒸留についての詳細など、より詳しく説明しようとすればいくらでも書けるのだが、それこそ一冊の本になってしまうので、今回はこの程度にとどめておこう。むしろ、枝葉末節にこだわって混乱するより、要点を押さえておいたほうがいいと思う。 さて、次回はいよいよ、バターオイルの精製についての説明である。ここまでの話で、まだよく分からないという方がいらっしゃったら、下記のURLをクリックして、メールフォームからご一報いただきたい。寄せられた質問内容に応じて、より分かりやすく記事を書き換えようかと思う。http://form1.fc2.com/form/?id=79664 逆に「だいたい分かった」という方がいたら、下のボタンをクリックして拍手していただければ幸いである。

モンゴル人の味覚(10)

モンゴル語の乳製品の名称は、一見すると実に複雑至極に思われるかもしれない。しかしながら、いくつかのポイントさえ押さえれば、比較的分かりやすいのではないかと思う。私も可能な限り理解しやすく記述するよう心がけるが、読んでいる方もそれなりに注意深く読んでいただければ幸いである。 まず、以下にポイントを整理して挙げたので、目を通していただきたい。 a) 乳の加工は主に、脂肪分を分離し、残りのタンパク質を凝固させるというプロセスをとる。b) 脂肪分を分離する方法には、代表的な2つのやり方がある。c) タンパク質の凝固方法にも何通りかある。d) 乳酒には、どぶろくタイプのものと蒸留酒タイプのものがある。 乳製品の加工方法はモンゴル国と内モンゴルでは多少異なる。また、同じものを指していても、方言的差異によって微妙に呼び名が異なる場合もある。モンゴル語についての予備知識として、以下のことを頭に入れておいていただきたい。 ・モンゴル国のモンゴル語にはtsとchの音の区別があるが、内モンゴルのモンゴル語ではすべてchの音になる。・モンゴル国のモンゴル語にはzとjの音の区別があるが、内モンゴルのモンゴル語ではすべてjの音になる。 概して、乳から脂肪分を分離するのは、保存を容易にするためである。分離された脂肪分を精製すると、最終的にバターオイルのようなものが抽出される。これらは中間の加工プロセスが異なっていても、すべてモンゴル語でシャルトスと呼ばれる。 西洋では乳脂肪分を遠心分離によって抽出してバターを作るという方法が一般的だが、モンゴルでは伝統的には遠心分離法は行われない。モンゴルにおける代表的なやり方としては、大まかにみて加熱攪拌法と静置法という2つの方法がある(分類名は筆者が便宜的につけたもの)。 過熱攪拌法とは、乳を柄杓で掬い上げるようにして泡立てながら加熱し、凝固したタンパク質の皮膜の下に脂肪分を集める方法である。この方法で作られたものをモンゴル語でウルムと呼ぶ。ウルムはこのままで食べることもできるし、シャルトスなどの原料にもなる。この方法は、現在のモンゴル国において最も一般的な手法である。 静置法とは、生乳を静置して上澄みのクリームラインを集める方法である。このクリーム状のものは、内モンゴルのモンゴル語でジョーヘェと呼ばれる。分離するまでの間に乳酸発酵も同時に進んでいるので、やや酸味がある。このままで食べることもできるし、シャルトスなどの原料になる。モンゴル国において、静置法はほとんど行われない。モンゴル国のモンゴル語でジョーヘェに相当する語はズーヒーだが、全く別のものを指す。 これらの残りのタンパク質を凝固させ、乾燥させるとチーズが出来上がる。西洋のナチュラルチーズでは、乳酸発酵させた乳にレンネット(凝乳酵素)を加えて凝固させるという方法をとるが、モンゴルではレンネットは用いない。乳酸の力を借りる点は一緒なのだが、加熱によって凝固させるという点が異なる。モンゴルのチーズは塩味をつけない、熟成させないというのも大きな特徴だ。 凝固させる材料となる乳としては、主に以下のものがある。 ・[乳酸発酵+アルコール発酵]した脱脂乳・[乳酸発酵+アルコール発酵]した全脂乳・乳酸発酵した脱脂乳・全脂乳+酸乳・脱脂乳+酸乳 これらの原料となる乳の種類と、その後の処理の仕方によって、様々に異なる風味のチーズが作られる。モンゴル語でそれらは別々の名称で呼び分け、区別されている。理論的には、この他にも脱脂していない乳酸発酵乳からもチーズは作れるのではないだろうか。構造主義をかじったことのある人間としては、ちょっと気になるところである。まあ、その辺の細かいツッコミは後にして先に進もう。 モンゴル国では、前述のウルムを作った残りの脱脂乳をボルソン・スーと呼び、それを乳酸発酵させて生乳を加えて攪拌するという工程を経て、「脱脂した乳酸発酵+アルコール発酵乳」を作る。多くの場合、このプロセスに用いられるのは牛の乳であり、いうなれば牛乳で出来たどぶろくのようなもので、アイラグと呼ばれる。 モンゴル語では、もともと乳で作られたどぶろくのような酒を総称してアイラグと呼んでいる。だから、牛乳で作られたどぶろくは「ウネーニー・アイラグ」、馬乳酒として有名な馬の乳で作られたどぶろくは「グーニー・アイラグ」なのである。しかしながら、単にアイラグと言ったならばふつうは馬乳酒を意味するという点に注意しなければならない。 いよいよ説明が佳境に入ってきたが、続きはまた明日。

モンゴル人の味覚(9)

モンゴル人と切っても切れない関係にあるものとして、乳製品が挙げられる。モンゴル語では乳製品のことをツァガーン・イデーといい、白い食べ物を意味する。最近では、「モンゴルには乳製品が60種類ある」という話がまことしやかに伝わっているようだが、その実態についてちょっと検討してみたい。 モンゴルの食べ物のうち、乳製品についてはずいぶん古くから文化人類学者、歴史学者、乳製品研究家らの関心を惹き、まだまだ研究の余地はあるものの、かなり研究が進んでいるといってよい。当然のことながら文献の数も豊富だ。私も今回、この「モンゴル人の味覚」の続きを執筆するために専門書を2冊ほど買い足した。確かまだ実家にも、内モンゴルで出版されたモンゴルの乳製品に関する書籍があったはずなのだが、今回は都合で参照が間に合わなかった。また何かの折に、補足的な説明をする際に利用させていただこうと思う。 さて、前述の「モンゴルには乳製品が60種類」との説についてだが、おそらくは越智猛夫『乳酒の研究』(八坂書房, 1997) において引用されている金世琳氏の講演資料「内モンゴル伝統乳製品」での分類に端を発しているのではなかろうか。これは、「内モンゴル伝統乳加工経路図」として、乳製品を加工方法によって区分した樹形図のようなものに、1から60までの番号とモンゴル語名を付したものである。さらにこの図には、モンゴル語名と日本語カタカナ書きによるその発音、および解説をつけた対応表が附せられている。 なるほど、これによれば確かに乳製品を表す語として60語が挙げられている。しかしながら、よく見ると、純粋に乳製品と呼ぶには疑問ともいうべき名称も含まれている。モンゴル茶(乳茶)などがそうであるし、穀物と乳製品を混ぜたものなどはどちらかという乳製品を使った料理というべきだろう。また、「ハタスン エオツギ(注:標準語ではハタスン・エーツギー)」と記述のあるものに関しては、ハタスンは乾いたという意味のモンゴル語であり、完全にエーツギーとは別の食品であるとは言いがたい。ではいったい、日本の大根と切干大根や、柿と干し柿は同じ食品なのかと言われれば確かに困るが、ここでは単にある乳製品を乾燥させて「ハタスン」という語を冠しただけのものは、同じ食品として扱うことにしたい。 さて、そんなこともあって昨日は1日がかりで、諸資料をもとにモンゴル語の乳製品をまとめた表を自分なりに作成してみた。キリル文字のモンゴル語表記、モンゴル文字のモンゴル語表記、カタカナによる日本語読み、定義を対応表にしたものである。なお、資料の中には、私自身が現地の遊牧地域で聞き取りしたときのメモも含まれている。ここで腐心したのは、モンゴル国のモンゴル語と内モンゴルのモンゴル語との間の方言的な差異である。確かに国は違えども同じモンゴル人によって話されている言葉であるから、乳製品の名称も大まかには一致しているのだが、中には微妙にその指し示す意味が異なっていたり、全く別のものを指したりする語もあるのだ。内モンゴルでは日常的に用いられている語でも、モンゴル国ではほとんど使われていないような語もあるのだ。逆もまたしかりである。 いろいろと検討した結果、純粋に乳製品名というべき独立した名称は、せいぜい25語程度ではないかという結論に達した。小長谷有紀『世界の食文化-3 モンゴル』(農文協, 2005)にも、「微生物学的な見地からモンゴルの乳加工を検討すると、モンゴルの乳製品はほぼ30種であり、そのうち日常的なものは10数種類におよび、現在ほぼ毎日食べられているものは5種類前後である」との記述がみられる。これはモンゴル国、内モンゴルの別を問わず、おおむね実情に一致している。さらに、野沢延行『モンゴルの馬と遊牧民』(原書房, 1991)によれば、「乳製品はさまざまな工夫をこらし、全部で23種類くらいに作られている」とある。これらを総合して考えると、モンゴルの乳製品は約20数種類と言ってよいだろう。

モンゴル軍の携行糧食

モンゴルの軍隊で食べている携行糧食について、詳しく紹介したページがある。モンゴルの食料事情を知る上で参考になるだろう。http://10.studio-web.net/~phototec/ration/mongol.htm モンゴルの伝統食品であるボルツ、アーロール、エーツギー、ボールツァグなどの他、缶詰やレトルト食品、インスタント食品なども写真入りで紹介されている。

モンゴル料理の作り方(3)

まず、ビトゥー・ホールの作り方を説明する。ビトゥー・ホールとは小麦粉の生地でひき肉の具を包んだ詰め物料理のことである。主にボーズ、ホーショール、バンシを指す。ボーズとは小包籠のようなもので、蒸して作る。ホーショールは平たく作り、油で揚げるかフライパンに多目の油をひいて焼いて作る。バンシは水餃子のことで、ゆでて作る。 これらの料理の作り方に共通していえることは、小麦粉とひき肉は同量を目安にするということだ。例えば小麦粉が300gならば肉も300g、小麦粉が500gならば肉は500gで作るとよい。もっもと、経験豊富なモンゴル人の主婦であっても包んでいるうちに小麦粉生地が余ったり、逆にひき肉の具が余ったりすることもあるので、あまり神経質に考えなくてもよい。 小麦粉の量は1人分あたり150gを目安にすればよいだろう。肉の量も同量ということだが、日本のスーパーでは256gとか342gとか、半端な量がパック詰めして売られているので、その辺は適宜加減しなければならない。スーパーで「羊肉を300gひき肉にしてください」などと頼めば一番手っ取り早い。その場で挽いてもらうなら、できればやや粗挽きにしてもらうとよい。 小麦粉の生地の作り方を説明する。まず、ポットのお湯に水を足してぬるま湯を用意する。目安としては、300gの小麦粉ならばぬるま湯の量は180ccほどだが、様子をみて加減して、耳たぶ程度の固さになるように作る。小麦粉にぬるま湯を少しずつ入れていって、ちょっとぼそぼそになったところでそれを捏ね続けていくととちょうどよい固さになる。 ひとまとまりになった生地はボールを裏返しにするか濡れ布巾をかけて乾かないようにして、30分ぐらい寝かせておく。この後で両手を使って力を入れてよく捏ねる。 肉は、もし固まり肉のままだったら自分で細かく切ってひき肉にする。半解凍ぐらいの固さにして切ると切りやすい。そこに玉ねぎのみじん切りを入れて塩こしょうで味付けする。玉ねぎの量は日本人の感覚からするとびっくりするほど少量だ。300g~500gだったら、中サイズの玉ねぎ半個ほどでよい。1kgの肉に半個しか入れないモンゴル人もいる。 先日、自分でバンシを作ってみた際、肉を自分で切るところから始まって、バンシが茹で上がるまでの所要時間は1時間半だった。モンゴル人が作ってもこれぐらいの時間はかかるだろう。

モンゴル料理の作り方(2)

モンゴル料理の作り方は、英語のページだが、以下のサイトがお勧めである。このブログの読者の中には英語よりドイツ語に堪能な方もいらっしゃるようだが、同サイトのドイツ語ページをご覧になるとよいだろう。http://www.mongolfood.info/en/ 主なモンゴル料理が、ほぼ網羅的に途中の作り方の写真入りで紹介されている。特に生地の扱い方など、文章だけではなかなか分かりづらい部分もあるので必見だ。 小麦粉は、日本に暮らしているモンゴル人の中には薄力粉と強力粉を混ぜて中力粉にして使う人もいるようだが、薄力粉だけでも特に差し支えない。ちなみに、モンゴルでは小麦粉に等級があって、精白の度合いが強い順に特等、一等、二等として区別されている。二等は日本でいうところのいわゆる全粒粉で、精白の度合いが弱く、茶色っぽい色をしている。以前は二等の小麦粉は人気がなかったが、最近では栄養面で優れている、味がよいなどと人気が出始めているという。小麦粉は10kg単位の布袋に入れて売られることが多いが、量り売りもしている。 肉は、どのモンゴル料理でも羊肉を使うことが多い。理想的にはマトンだが、手に入らなかったらラム、それも無理だったら牛肉でもよい。懐具合によっては合いびき肉でもかまわない。 羊肉のひき肉の入手先だが、もし近所のスーパーで羊肉を置いているならば、奥でお肉の加工をやっている係の人に声をかけ、ひき肉に挽いてもらうという手もある。ただ、店内でひき肉を作っていないお店の場合、ミンチ器がないのでやってもらえないようだ。 あるいは、多少送料はかかるが、もし大量に作るのならネットで購入してもよいだろう。例えば下記サイトの「冷凍食品」のページなどでもマトンのひき肉が売られている。ただし、ハラール食品のお店の場合、当然のことながらハラール・ミートでと殺の方法が異なるため、味わいは本場モンゴルのものとはやや異なる。一般の精肉専門サイトから取り寄せてもいいだろう。http://www.kobegrocers.com/http://www.gourmet-meat.com/

モンゴル料理の作り方(1)

「モンゴル人の味覚」の記事はまだまだ続くのだが、ひとまず置いておいて、先に作り方について触れることにする。まずは、道具について説明しよう。 モンゴル料理は小麦粉の生地を使うことが多いので、のし棒とのし板を頻繁に用いる。モンゴルでは多くの家庭で、まな板とのし板を兼ねた大きな木製の板を使用している。日本ではのし板は最近あまり見かけなくなったが、大きなスーパーなどで探せば手に入るだろう。シート状のものが売られていることが多いが、あまりお勧めはできない。理想的には木製だが、石製でもよいだろう。のし棒は日本でも売っているようなやや長めのものである。百円ショップで短いのし棒が売られているのを見かけたこともあるが、麺類を作ることを考えるとやや不便ではある。 もし本格的に作ろうとするなら、のし棒とのし板を揃えることをお勧めする。といっても、別に他のもので代用しても差し支えない。ビールの空き瓶やラップの芯をのし棒代わりにすることもできるし、大き目のまな板ならばのし板の代用になる。 包丁は特にこだわらなくてもよいだろう。ぺディー・ナイフのようなものを使うモンゴル人もいれば、中華包丁のようなものを使う人もいる。日本で作る分には、普通に家庭にある包丁で十分である。 鍋類としては、蒸し器があれば便利だが、もし無かったら鍋の底に水をはって茶碗などを置き、その上に皿を乗せて蒸すという方法もある。昔、私が始めてモンゴル料理に挑戦したときは、ちょうど手ごろな蒸し器がなかったので工夫して、この方法でボーズを蒸したものである。蒸し器を使うときには、蒸し板の部分にサラダ油などの油を塗っておくのがポイントである。この他、バンシや汁物、モンゴル茶を作るためにはやや大き目の鍋、揚げ物や炒め物用にはフライパンを使用する。これらは普通の家庭で使っているものでかまわない。 ちなみにモンゴルの遊牧地域では5リットルや10リットルも入るような巨大な半球状の鉄製の鍋が用いられている。これを竈にくべて使用し、煮物、蒸し物、揚げ物、炒め物のすべてをまかなう。蒸し物を作るときには、鍋に蒸し板を入れて蓋をして蒸すのである。乳製品の加工にも、もちろんこの鍋を使う。

モンゴル料理の素

モンゴルの友人が滞在中に、しばしばモンゴル料理の味付けが単調だということが話題になった。彼女はなかなかの親日家で、モンゴルに住んでいる日本人ともわりと交流があるらしいのだが、モンゴル料理の作り方を聞かれることがままあるという。一通りの作り方を説明するものの、味付けについて、ただ「塩を入れる」と教えると、「それから?」と聞き返されて答えに窮してしまうというのだ。日常的に利用されている調味料は、塩とこしょうぐらいなのだから仕方がない。良くいえば素材の持ち味を生かして料理するということだが、とにかくスパイス類の強い味と香りには慣れていないのである。 ところが、そんなモンゴル料理にも最近では変化が訪れようとしている。インスタント調味料の出現である。 「最近ではモンゴルではボーズ用の調味料っていうのが売られているのよ。」と彼女は言った。一瞬私は耳を疑って、「うっそ~!ボーズってただ塩を入れるだけじゃないの」「ホント、ホント。ボーズだけじゃなくて、ホーショール用とか、バンシ用とか、いろんな料理用の調味料が売られてるんだから」という会話が交わされた。しかも、それを入れて作ると、お料理がとってもおいしくなると評判なのだそうだ。 モンゴル人にとっての料理がおいしくなる調味料とは、いったいどんなものだろうか。当然のことながら興味を持った私は、帰国してから郵便で送ってもらうように頼んでおいた。 先日、その例の「モンゴル料理の素」が届いた。ホーショールの素、バンシの素、ボダータイ・ホールガの素、ツォイバンの素、ゴリルタイ・シュルの素の計5種類が3袋ずつ入っていた。なぜかボーズの素は入っていなかったが、たまたま品切れでもしていたのだろう。 なるほど、とにかくこれはすごい。せっかくだから、私一人だけで楽しむのはもったいないので、つい最近ネット上で知り合いになった「Foods of the world」というサイトの管理人をしている方に1袋ずつをおすそ分けさせていただいた。http://www.geocities.jp/foodsoftheworld/index.html 外国の「料理の素」を専門にあつかったホームページで、国ごとのインスタント調味料の写真とそのメーカー名や作り方の解説、原材料名、実際に作ってみた料理の写真などが載せられている。嬉しいことに、すでにモンゴルのページでホーショールの作り方も紹介されていた。ホームページを拝読したところ、トルコ料理の素などもトルコ語の辞書を片手に表記されている原料を調べたりと、非常なバイタリティーの持ち主である。 送ったモンゴル料理の素はとても喜んでいただけたようだ。わざわざそのために、モンゴル料理の作り方をこれから猛勉強してくれるとのことで、頼もしい限りだ。そのうちに、できあがったモンゴル料理の写真やコメントが掲載されるであろう。とても楽しみである。

ストゥージン

モンゴル人と日本人の共通点として、食べ物を無駄にしないことを美徳とする点が挙げられる。およそ肉を食べるということはその動物の命を奪うことを意味するが、折り角犠牲になったその命を無駄にはせず、ほとんどの部位は食物として有効に利用される。食物として利用しきれなかった部位も、さまざまな日用品として加工される。 モンゴル語には「明日の脂身は今日の肺臓に及ばない」ということわざがある。明日になってご馳走である脂身をもらうよりは、今日中に肺臓をもらったほうがましという意味である。時機を得ていなければどんな価値のあるものでも意味がないという喩えだが、このことわざから、モンゴル人にとって最もご馳走なのは脂身であり、逆にそうでないのは肺臓だという事実がうかがえる。肺臓というは、いわば体内に入ってくる空気をろ過する働きをする器官であり、あまりおいしくないのは当然だろう。そうした部位ですらも、一応食べ物として認識されているということだ。 もっともらしいことを書いたが、実は私は内臓料理についてはあまり詳しくない。調査などのため、しばらくモンゴルの遊牧地域に滞在していたことはあるが、一介の客人にすぎなかった私は、ほとんど内臓を食事に出されることはなかった。単に滞在期間が短かったのか、現地の人たちも実際にはあまり食べないのか、お客にはあまり内臓を食べさせる習慣はないのか、その辺の事情は不明である。ともかく、数少ない記憶を呼び起こして、知る限りのことを記述したい。 腸を使った料理はかなり記憶にある。私の大好物は血のソーセージである。と殺するときに出る血液も捨てずにとっておいて、そば粉や小麦粉、ねぎなどを混ぜ、よく洗った腸の中に詰めて茹で上げる。現地に行ってもなかなか遊牧地域まで行かないと口にすることはできないが、機会があったら食してみられることをお勧めする。大草原の息吹が感じられる一品である。 内モンゴルの西ウジュムチンにいた頃、胃の料理をご馳走になったことがある。旗(行政単位名)の中心にあるお宅でだが、たしか中華料理のような炒め物だったと思う。 内臓というわけではないが、睾丸を食べたこともある。同じく西ウジュムチンの遊牧地域のお宅に滞在していたときのこと、春先に子羊を種羊とそうでない羊に選り分けて、去勢する作業が行われていた。そのときに出た睾丸は、炒め物にしてその日の夕食となった。あまり好んで食べたい気分ではなかったが、何かというと人前では「オイシイデス、オイシイデス」を連発して、冷や汗をかきながらもニコニコと料理を食べるよう厳しくしつけられた日本人であった私は、食べながらモンゴル語でさもとってつけたように「おいしい」と言ったのだが、モンゴル人の奥さんはなんとも複雑な表情をしていた。 牛肉の硬くて食べられない筋の部分は、煮凝りを作るのに利用される。モンゴル国の遊牧民のお宅で、旧正月の年越しの日に作られたご馳走で、「ストゥージン」とロシア語で呼ばれていた。四角く切ってお皿に並べ、ザクースキー(ロシア語でオードブルの意)としゃれ込んでいた。実家に帰った折にその話をしたら、「ずいぶん文化レベルが高いね」と父がしきりに感心していた。モンゴル語に固有の煮凝りを指す単語があるのかどうかは知らないが、このストゥージンもわりとポピュラーな料理であるようだ。ただしこれも、口にできるのは遊牧地域限定である。 羊の頭なども小刀を片手に肉をこそげとって食べる。慣れないとちょっとぎょっとするが、日本でも大きな魚の頭を食べたりするので、その感覚なのだろう。日本に留学しているyanzagaさんのブログ(モンゴルのいろいろhttp://blog.goo.ne.jp/yanzaga)によると、特に目玉がおいしいのだという。また、どのようにして食べるのかは知らないが、脳みそなども利用されているようだ。 骨付き肉はすべて肉をこそげとって食べるだけでなく、骨をかち割って骨髄の部分まで食べることがある。まさに「骨の髄まで」である。ここまでして無駄なく食べつくされれば動物の命も浮かばれようというものだ。あるいは、ひょっとしてそう考えるのは我々日本人やモンゴル人だけなのだろうか。一切の殺生を禁ずるインドのジャイナ教徒の人や、捕鯨しておいて油だけとって捨ててしまうことで有名なアメリカ人がいたらちょっと聞いてみたい気もするが。いや、ちょっと話が脱線してしまった。

モンゴル人の味覚(7)

モンゴル料理の主食は何か?この質問はちょっとやっかいである。日本語でいう「主食」という概念は、エネルギーの供給源として主に摂取される炭水化物のことであって、通常はお米、パン、麺類などがイメージされる。そういう意味で、正確にはモンゴル語には主食に相当する概念はないが、多くのモンゴル人は「我々は主に肉と小麦粉を食べている」と言う。では、小麦粉が主食で肉がおかずなのかといえば、それもちょっと違う。モンゴル料理ではあくまでも肉が主役であり、小麦粉はせいぜいその相手役ぐらいにしか過ぎない。 とはいえ、モンゴル料理ほどに小麦粉の用途が多様な料理は珍しい。日本では小麦粉の用途というとせいぜいがうどんなどの麺類かパンやお菓子、あとは天ぷらにすいとんぐらいなものだろう。 モンゴル料理のうち、小麦粉で肉を包んで作られたものの類はビトゥー・ホールと呼ばれる。ビトゥーとは隠れたとか閉じたという意味で、ボーズ、ホーショール、バンシがこれに含まれる。来客時にはこれらのビトゥー・ホールを作ってもてなすことが多い。特別な料理でもあるが、日常的な家庭料理でもあり、町の大衆食堂でよく食べられる料理でもある。 ツォイボンというモンゴル式焼きそば、肉入りの煮込みうどんなども大変ポピュラーな料理だ。マントウという蒸しパンも野菜のスープのつけ合わせとしてよく食べられる。中華料理では扁平なものや半球状のものは饅頭(マントウ)と呼ばれ、くるくると花のように巻いて作ったものは花巻として区別するが、モンゴルではいずれもマントウと呼ばれる。また薄く平たくした生地を四角く切ってゆでたパスタのようなものもある。主にゆで肉のつけ合わせとして食される。 モンゴル人がよく「金メダルの料理」と呼ぶものに、バンタンという料理がある。作るのが簡単だから金メダルなのだろう。小麦粉にごくごく少量の水をかけ入れてかき混ぜ、ちょうどアフリカのクスクスのようなダマダマにする。これを細かく切った肉入りのスープで煮て食べる。友人がうちで作ってくれたところ、我が家のナイR氏が「あれっ、まだうちにクスクスの買い置きって残ってたの?」と聞いたので、手作りだよと言ったらちょっと驚いていた。 これらの料理以外に、乾いた食べ物(ホーライ・イデフ・ユム)と呼ばれるものがある。ボーブ、ボールツァグ、ガンビルなどといった、揚げパンとお菓子の中間のような存在だ。家庭で自分で作る人もいるし、都市部ならば近所の食料品店で買うことができる。朝ご飯、ときにはお昼ご飯もこれらとお茶だけで済まし、料理を作るのは夕ご飯だけという家庭も少なくない。 モンゴル国では、朝ご飯やお昼ご飯としてパンもよく食べられている。都市部ではお店で買うのが一般的だが、遊牧地域ではたいてい自分で焼く。オーブンがなくても鍋などを竈にかけて器用に焼いてしまう。都市部で売られているパンにはロシア式の黒パンもある。ちょっと酸味があってオツな味だ。内モンゴルではあまり食事としてパンを食べる習慣はない。どちらかというと子供のおやつ程度の感覚のようだ。モンゴル国においても内モンゴルにおいても、日本人が好むようなふにゃふにゃ、ねちゃねちゃ・・・失礼、ふわふわ、もちもちとした食感のパンは少ない。モンゴル国のパンは中身がつまってゴツゴツしているし、内モンゴルで売られているパンは一応フランス式を標榜しているらしいのだが、なぜか乾いてパサパサしている。 お米はあまり中心的な位置付けではなく、お年寄りの中には「身体を冷やす性質がある」といって嫌う人もいるが、それなりに食べられている。ボタータイ・ホーラガという料理があり、肉がたっぷり入ったチャーハンのようなもの、または肉と野菜を炒めたものにご飯をそえたものを指す。ご飯と具を別々に盛り付けるのは近代的なスタイルだという。日本人に馴染みのないものかもしれないが、この他に乳の粥がある。乳は主に牛乳で、塩と砂糖を入れてお米を煮る。お粥といってもドロドロのものではなく、スープ状である。お米と牛乳と砂糖という組み合わせを奇異に感じられる人もいるかもしれないが、実は英語ではライス・プディングと呼ばれ、世界各国に存在する。また、炊いたご飯にシャルトス(モンゴルバター)と塩と砂糖を混ぜたものなどもある。 モンゴル語でフーフディーン・ボター(子供用の穀類)、またはロシア語でカーシと呼ばれるものもある。粗挽きの小麦、つまりセモリナのことだ。これも乳の粥と同様にオートミールのようにして食される。乳の粥やフーフーディーン・ボターは離乳食としても利用されている。まれに、はったい粉を食べることもある。内モンゴルでは粟が非常に好まれている。モンゴル茶に入れたり、ジョーヒーと呼ばれる生クリームのようなものに混ぜて食べたりする。この他に、内モンゴルではモンゴルに自生するそば粉を使った料理もある。掌と指先を使ってくるっと平たくしたモーリン・チフ(猫の耳)と呼ばれる料理などだ。